――翌日、私は咲を呼び出した。
場所は、学校の屋上前の踊り場だった。
屋上の扉には鍵がかかっている。
私たちは何度もここに集まっていた。
逃げられる場所みたいに思っていた。
でも本当は、どこにも行けない場所だった。
咲は、先に来ていた。
手すりにもたれて、階段の下を見ている。
制服の袖から出た手首が、白かった。
「ログ、見た」
私は言った。
声が震えた。
咲は、振り向かなかった。
「うん」
「うん、じゃない」
私の声が少し強くなった。
咲は、やっと私を見た。
目が、いつもと同じだった。
冷たいわけじゃない。
優しいわけでもない。
ただ、温度がなかった。
「表示順を変えた。重みを変えた。テンプレートの優先度を変えた。分類の一部でしょ」
「違う」
私は言った。
「それは、誘導だよ」
咲は、小さく首を傾げた。
「誘導じゃない。配置」
「同じだよ」
「違うよ」
咲の声は、少しも荒れなかった。
「言葉は、置かれた場所で意味が変わる。澪が一番知ってるでしょ」
喉の奥が、詰まった。
私は知っている。
同じ言葉でも、葉山澪が言えば意見になる。
神様の声が言えば神託になる。
知っている。
私はずっと、それを使ってきた。
「咲は、事件の神託を作ったの?」
私は聞いた。
本当は、聞きたくなかった。
聞いたら、答えが出てしまう。
答えが出れば、私はそれを持っていかなければならない。
真鍋刑事に。
警察に。
学校に。
親に。
みんなに。
咲は、少しだけ目を伏せた。
「私は言ってない」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが切れた。
「それ、みんな言ってる」
「うん」
「新も言った。陸も言った。慧も、杏も、私も。咲も。みんな言ってる」
「だって、本当に言ってないから」
咲は、静かだった。
「私は、水瀬律に返せとは言ってない。白い場所に行けとも言ってない。誰かを傷つけろとも言ってない」
「でも、出やすくした」
「うん」
「『返しなさい』を上に置いた」
「置いた」
「『裁く』を一番上にした」
「した」
「『迷うな』を強くした」
「した」
「それで、受け手が勝手に解釈するようにした」
咲は、少しだけ黙った。
階段の下から、誰かの笑い声が聞こえた。
遠かった。
普通の学校の声だった。
咲は言った。
「勝手に、じゃない」
「え?」
「勝手に、って言うと、受け手だけのせいになる」
咲は手すりから手を離した。
「受け手が、自分の中の欲しい意味を取りにいくように設計した」
その言葉は、あまりにもまっすぐだった。
設計した。
咲は、ついにそう言った。
私の手が震えた。
「なんで」
それしか出なかった。
「なんでそんなことしたの」
咲は、私を見た。
「見たかったから」
「何を」
「人が、どこまで神様のせいにするか」
息が止まる。
「相談者も、フォロワーも、新も、陸も、慧も、杏も、澪も」
咲の声は淡々としていた。
「みんな、神様が言ったって言いたがってた。神様のせいにしたがってた。だから、神様がはっきり命令しなくても、人が勝手に命令を作るか見たかった」
「最低だよ」
私は言った。
言った瞬間、少しだけ楽になった。
誰かに最低だと言えるのは、気持ちいい。
でも、その楽さが怖かった。
咲は、まばたきをした。
「うん」
「うんって何」
「最低だと思う」
「反省してるの?」
「分からない」
「分からない?」
「後悔はしてる。でも、反省かは分からない」
私は、咲の顔を見た。
泣いていなかった。
震えてもいなかった。
悪いことをした子の顔ではなかった。
それが、腹立たしかった。
それ以上に、怖かった。
「咲を告発する」
私は言った。
咲は、驚かなかった。
「すれば」
「ログを真鍋刑事に出す」
「うん」
「咲の名前がある。改変履歴も、固定フレーズの重みも、投票選択肢の順番も。全部」
咲は、淡々と言った。
「私がいなくても、同じことは起きたよ」
私は、咲を見た。
「何それ」
「だってみんな、見てたから」
咲の声は静かだった。
「私だけじゃない。澪も、新も、慧も、陸も、杏も。フォロワーも、オラクルも、白い面をスマホに入れた人も、返信欄で『裁く』を押した人も、スクショを見て拡散した人も」
咲は、少しだけ空を見た。
「みんな、見てた。見て、意味を作って、神様のせいにした」
私は反論できなかった。
場所は、学校の屋上前の踊り場だった。
屋上の扉には鍵がかかっている。
私たちは何度もここに集まっていた。
逃げられる場所みたいに思っていた。
でも本当は、どこにも行けない場所だった。
咲は、先に来ていた。
手すりにもたれて、階段の下を見ている。
制服の袖から出た手首が、白かった。
「ログ、見た」
私は言った。
声が震えた。
咲は、振り向かなかった。
「うん」
「うん、じゃない」
私の声が少し強くなった。
咲は、やっと私を見た。
目が、いつもと同じだった。
冷たいわけじゃない。
優しいわけでもない。
ただ、温度がなかった。
「表示順を変えた。重みを変えた。テンプレートの優先度を変えた。分類の一部でしょ」
「違う」
私は言った。
「それは、誘導だよ」
咲は、小さく首を傾げた。
「誘導じゃない。配置」
「同じだよ」
「違うよ」
咲の声は、少しも荒れなかった。
「言葉は、置かれた場所で意味が変わる。澪が一番知ってるでしょ」
喉の奥が、詰まった。
私は知っている。
同じ言葉でも、葉山澪が言えば意見になる。
神様の声が言えば神託になる。
知っている。
私はずっと、それを使ってきた。
「咲は、事件の神託を作ったの?」
私は聞いた。
本当は、聞きたくなかった。
聞いたら、答えが出てしまう。
答えが出れば、私はそれを持っていかなければならない。
真鍋刑事に。
警察に。
学校に。
親に。
みんなに。
咲は、少しだけ目を伏せた。
「私は言ってない」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが切れた。
「それ、みんな言ってる」
「うん」
「新も言った。陸も言った。慧も、杏も、私も。咲も。みんな言ってる」
「だって、本当に言ってないから」
咲は、静かだった。
「私は、水瀬律に返せとは言ってない。白い場所に行けとも言ってない。誰かを傷つけろとも言ってない」
「でも、出やすくした」
「うん」
「『返しなさい』を上に置いた」
「置いた」
「『裁く』を一番上にした」
「した」
「『迷うな』を強くした」
「した」
「それで、受け手が勝手に解釈するようにした」
咲は、少しだけ黙った。
階段の下から、誰かの笑い声が聞こえた。
遠かった。
普通の学校の声だった。
咲は言った。
「勝手に、じゃない」
「え?」
「勝手に、って言うと、受け手だけのせいになる」
咲は手すりから手を離した。
「受け手が、自分の中の欲しい意味を取りにいくように設計した」
その言葉は、あまりにもまっすぐだった。
設計した。
咲は、ついにそう言った。
私の手が震えた。
「なんで」
それしか出なかった。
「なんでそんなことしたの」
咲は、私を見た。
「見たかったから」
「何を」
「人が、どこまで神様のせいにするか」
息が止まる。
「相談者も、フォロワーも、新も、陸も、慧も、杏も、澪も」
咲の声は淡々としていた。
「みんな、神様が言ったって言いたがってた。神様のせいにしたがってた。だから、神様がはっきり命令しなくても、人が勝手に命令を作るか見たかった」
「最低だよ」
私は言った。
言った瞬間、少しだけ楽になった。
誰かに最低だと言えるのは、気持ちいい。
でも、その楽さが怖かった。
咲は、まばたきをした。
「うん」
「うんって何」
「最低だと思う」
「反省してるの?」
「分からない」
「分からない?」
「後悔はしてる。でも、反省かは分からない」
私は、咲の顔を見た。
泣いていなかった。
震えてもいなかった。
悪いことをした子の顔ではなかった。
それが、腹立たしかった。
それ以上に、怖かった。
「咲を告発する」
私は言った。
咲は、驚かなかった。
「すれば」
「ログを真鍋刑事に出す」
「うん」
「咲の名前がある。改変履歴も、固定フレーズの重みも、投票選択肢の順番も。全部」
咲は、淡々と言った。
「私がいなくても、同じことは起きたよ」
私は、咲を見た。
「何それ」
「だってみんな、見てたから」
咲の声は静かだった。
「私だけじゃない。澪も、新も、慧も、陸も、杏も。フォロワーも、オラクルも、白い面をスマホに入れた人も、返信欄で『裁く』を押した人も、スクショを見て拡散した人も」
咲は、少しだけ空を見た。
「みんな、見てた。見て、意味を作って、神様のせいにした」
私は反論できなかった。



