神様は誰?

真鍋刑事の声が、まだ耳の奥に残っていた。

「じゃあ、誰が言わせた?」

あの問いのあと、私たちは一度、それぞれの家に帰された。
帰された、という言い方はおかしいかもしれない。
でも、私にはそう感じた。

放されたのではない。
ただ、次に呼ばれるまで、外に置かれただけ。

家の自分の部屋に戻っても、椅子の硬さは取調室のままだった。
机に置いたスマホの黒い画面が、消えた白い面に見えた。

母は、何度も聞いた。

「大丈夫なの?」

私は、何度も答えた。

「大丈夫」

嘘だった。

大丈夫という言葉は、いちばん雑な祈りだと思う。
何も解決しない。
でも、言えばその場だけは通り抜けられる。

私たちは、そういう言葉ばかり使ってきた。

みんなで決めた。
私は整えただけ。
直接は言ってない。
見ていただけ。

その夜、陸からメッセージが来た。

【六人のグループチャット】

加賀陸『バックアップ、見つけた』

篠原新『今それ言う?』

早川慧『出せ』

望月杏『怖い』

桐谷咲『見れば』

見れば。

私は、その言葉を見て、喉の奥が冷たくなった。

咲はいつも、そうだった。
止めるでもない。
押すでもない。
ただ、見る方向に私たちを向ける。

見ることは、安全に見える。
でも、見てしまったものは、もう知らなかったことにできない。

陸が送ったファイルを見たまま、私は動けなかった。

咲の名前がある。

見間違いではなかった。
陸の仕組みのログに、咲の名前があった。

投稿者ではない。
文章を書いたわけでもない。
外部投票を直接開いたわけでもない。

でも、咲は変えていた。

順番を。
重みを。
固定フレーズを。

短い言葉を、上に置いていた。
強い言葉を、出やすくしていた。
受け手が、自分で意味を拾いやすいように。

いや。

拾いやすい、じゃない。

拾わせるように。

その時、咲が廊下で言った言葉を思い出した。

『私は、見てただけ。何が起こるか。どこまで行くか』

あの時は、ただ怖い言い方だと思った。

でも、違った。

咲は、見ていただけではなかった。

見え方を、変えていた。

私は、スマホを握る手に力を入れた。

咲は、神様の命令を書いていない。
水瀬律に「駅前へ行け」と言っていない。
誰かを押せとも、晒せとも、傷つけろとも書いていない。

でも、書かなくていいように、置いた。

言葉を。

読む人が勝手に、自分の中でつなげるように。

それがいちばん怖かった。