神様は誰?

私たちは、警察署の小さな会議室に集められた。

保護者が外で待っている。
真鍋刑事が壁際に立っている。
机の上には、陸のノートパソコンと、印刷された数枚のログが置かれていた。

私たちは六人並んで座っていなかった。

並ぶと、いつもの六人に戻ってしまうからだと思う。

新は椅子の背に寄りかからず、前のめりで指を組んでいた。
慧は背筋を伸ばしている。正しさにすがるみたいに。
陸はパソコンの前に座っている。
咲は窓のない壁を見ていた。
杏はずっと膝の上で手を握っていた。

私は、陸の画面を見ていた。

白い面は、もうそこにはなかった。

アカウントは削除された。
でも、ログは消えなかった。

ログは、神様よりしつこい。

「バックアップ、開く」

陸が言った。

声がかすれていた。

「最終投稿の前後だけでいいんですか」

真鍋刑事は答えた。

「全部だ」

陸は一瞬、手を止めた。

「全部って」

「君たちが神様をどう作ったか。そこから見たい」

その言葉で、胸の奥が冷たくなった。

神様をどう作ったか。

私たちは事件の神託だけを見せればいいと思っていた。
あの夜の投稿だけを見れば、誰かの手が見つかると思っていた。

でも、真鍋刑事は違った。

神様は、あの夜だけ生まれたものではない。

それを、たぶん最初から分かっていた。

陸がログを開いた。

画面には、細かい文字が並んだ。

その中に、『作成者:system』という文字があった。

system。

その単語が、画面の中で光っていた。

人間の名前ではない。

新でもない。
慧でもない。
陸でもない。
咲でもない。
杏でもない。
私でもない。

だからこそ、怖かった。

「俺じゃない」

陸が言った。

誰に向けた言葉か分からなかった。

「俺は、この投稿を手で作ってない。ログインしてない。パソコンも閉じてた。何もしていない」

慧が画面を睨んだ。

「でも、自動投稿はお前が作った」

陸は唇を噛んだ。

「分かってる」

「分かってるって何だよ」

慧の声が低くなる。

「分かってたら、なんで」

「止めたつもりだったんだよ!」

陸の声が、会議室に跳ねた。

杏が肩を震わせた。
新が目を伏せた。
咲は壁を見たままだった。

陸は画面を指した。

「危険度高は除外した。緊急も除外した。この相談は、自動対象じゃない。なのに、外部投票キューに入ってる」

「誰かが入れたんだろ」

慧が言う。

「テンプレは?」

真鍋刑事が言った。
淡々としていた。

「この神様の文章の骨格は、どこから来ている」

陸は、私を見た。

一瞬だけ。

その一瞬で、私は分かってしまった。

逃げられない。

「私……」

声が出なかった。

私は書いてない。

そう言いたかった。

私は投稿ボタンを押していない。
あの文を打っていない。
白い場所なんて、書いていない。
返しなさいなんて、書いていない。

でも。

私が作った言葉の形だった。
私が神様の口にした形だった。

「澪のせいじゃない」

杏が言った。

泣きそうな声だった。

「違う。だって、みんなで」

そこで杏は止まった。

みんなで。

その言葉が、もう救いではないことに気づいたのだと思う。

「咲は?」

新が言った。

声が変だった。

「咲、ログ見てたんだろ。あの時も、前も。何かしたんじゃないの」

咲は、新を見た。

表情はなかった。
いや、表情を見せない顔だった。

「見てた」

「それは聞いた」

新の声が荒くなる。

「見てた以外に、何かしたんじゃないの」

咲は少しだけ首を傾げた。

「投稿はしてない」

「オラクルは?」

慧が言った。

「オラクルが入ったんじゃないのか。権限は」

陸は首を振った。

「管理者権限の追加はない。ログイン履歴にもない。直接操作の痕跡もない」

「本当に?」

「本当に」

陸は、疲れた声で言った。

「俺、オラクルを疑って、何度も見た。外部IPも、トークンも、共有リンクも。でも、最終投稿を直接操作した証拠はない」

慧は歯を食いしばった。

「じゃあ、誰なんだよ」

誰。

また、その問いだった。

誰が言わせた。

真鍋刑事が、印刷されたログを一枚、机の真ん中に置いた。

【外部投票 #不明/確定結果】

赦す:812
離れる:1,106
晒す:4,982
返す:5,403
裁く:13,889

総投票数:26,192

投票時間:19:12〜19:42
集計方式:外部投票+返信語集計補正
補正後上位方向性:裁く/返す

26,192。

その数字を見た瞬間、会議室が狭くなった。

二万六千百九十二の指。

画面の向こうで、一回ずつ押した指。
スマホを持った指。
爪に色を塗った指。
ささくれのある指。
誰かの布団の中の指。
電車の中の指。
教室の机の下の指。
駅前へ向かう前の指。

その中の多くは、きっと何も起きると思っていなかった。

ただ押しただけ。
みんなも押しているから。
神様がどう答えるか聞かれたから。
裁く、という文字が強かったから。
返す、という言葉が気持ちよかったから。
晒す、よりは裁くのほうがきれいに見えたから。

一回のクリック。

一つずつは軽い。

でも、26,192集まると、神様になる。

「誰か一人じゃない」

杏が、震える声で言った。

誰も答えなかった。

「誰か一人じゃないんだ」

杏はもう一度言った。

泣いていた。

でも、救われた涙ではなかった。

「じゃあ、どうすればいい」

新が言った。

怒っているようで、迷子みたいな声だった。

「誰か一人なら、謝れるじゃん。捕まるじゃん。責められるじゃん。でも、みんなって何だよ。みんなって、どこまでなんだよ」

誰も答えられない。

みんな。

その言葉は、広すぎる。

六人。
フォロワー。
投票した人。
返信した人。
まとめた人。
読んだ人。
黙って見ていた人。
面白がった人。
救われた人。
傷ついた人。

どこまでが、みんななのか。

でも、少なくとも。

私たちは、その中心にいた。

「ログを提出する」

私が言った。

自分でも驚くほど、声ははっきりしていた。

全員が私を見た。

陸が、目を大きくした。

「全部?」

「全部」

言った瞬間、胸の奥が痛んだ。

全部。

その言葉は怖い。

全部出せば、私たちの言い訳も出る。
新が煽った言葉も。
慧が反対したログも。
陸が設定した仕組みも。
咲が見ていた記録も。
杏が救いたいと言った言葉も。
私がテンプレートを書いた履歴も。

供え物。
信仰度。
外部投票。
自動投稿。
オラクルの提案。
白い場所。
裁く。
返す。
26,192の指。

全部。

「澪」

新が言った。

「それ出したら、俺ら終わるよ」

「もう終わってる」

私の声は、思ったより冷たかった。

新の顔が歪んだ。

私は新を責めたかったわけではない。
でも、もう空気を戻す言葉を探さなかった。

慧が私を見ていた。

何かを言いそうで、言わなかった。

杏は泣いたまま、小さく頷いた。

陸はパソコンの画面を見つめていた。

「俺たちがやったこと、全部分かる」

「うん」

私は言った。

「出す」

咲が、初めて私をまっすぐ見た。

「空気、壊すんだ」

その言葉は、責めるようにも、確認するようにも聞こえた。

私は頷いた。

「壊す」

口に出すと、少しだけ息ができた。

空気を壊さない係。

それが、私の場所だった。

でも、その場所にいたままでは、私はずっと神様の口でしかいられない。

神様の口は、私の声ではない。

「真鍋さん」

私は刑事を見た。

真鍋刑事は、私をじっと見ていた。

「私たちは、誰も言ってないって言いました」

声が震えた。

それでも、止めなかった。

「でも、誰も言ってない言葉を、みんなで作りました」

会議室の空気が止まった。

誰も笑わなかった。
誰も否定しなかった。
誰も、そんなつもりじゃなかった、と言わなかった。

その沈黙は、初めて、少しだけ正直だった。

真鍋刑事は、ペンを持ち直した。

「それを、供述として話せる?」

私は喉を鳴らした。

怖かった。

でも、頷いた。

「話します」

私の言葉で。

そう心の中で付け足した。