神様は誰?

――翌日の放課後、私たちはまた同じファミレスに集まった。

窓際の六人席。

ポテトの皿。
ドリンクバーのグラス。
陸のノートパソコン。
慧のメモ帳。
杏のスマホ。
新のチョコパフェ。
咲の水。

昨日と同じものが並んでいるのに、テーブルの上の空気は少し違っていた。昨日は、まだ全部が冗談に見えた。今日は、冗談が昨日より少し重くなっている。

神様の声のフォロワーは、朝の時点で12人になっていた。

相談者の後輩が友達に見せたのかもしれない。誰かがいいねを押して、そのタイムラインに流れたのかもしれない。

12人。

たった12人。

でも、昨日の一人とは違った。

一人なら、顔が想像できた。

12人になると、もう分からない。

「まず確認」

慧がメモ帳を開いた。

「これを続けるかどうか」

新がストローを噛んだまま言った。

「そこから?」

「そこからだろ」

慧はペン先でメモ帳を叩いた。

「昨日は勢いでやった。今日は違う。続けるなら、責任が発生する」

「責任って言うと重いなあ」

「重いんだよ」

慧の声が少し強くなった。

隣の席の大学生らしい二人組が、ちらっとこちらを見た。私は反射的に肩をすくめる。声を落として、と言いそうになったけれど、その前に杏が小さく言った。

「私、続けたい」

全員の視線が杏に向いた。

杏はスマホを握りしめていた。

「ありがとうって言われたから?」

咲が聞いた。

杏は少しだけ眉を下げた。

「それもある。でも、それだけじゃなくて……」

言葉を探す杏を、新が茶化さなかった。

それが、少し意外だった。

「誰かに言いたいけど、言えないことってあるじゃん」

杏はゆっくり言った。

「友達には言えない。親にはもっと言えない。先生に言ったら大ごとになる。でも、自分ひとりで抱えるには耐えきれなくなることってあるよね?」

杏の声は、いつもより細かった。

「続けるなら、条件がある」

慧は言った。

新がにやっと笑う。

「来た。ルール神」

「篠原、黙れ」

「はい」

新は両手を上げた。

でも、楽しそうだった。

慧はメモ帳に大きく線を引き、見出しを書いた。

【神様の声 運用ルール】

「一つ。個人名を書かない」

慧が言った。

「相談文にも、投稿文にも。学校名、クラス名、部活名も出さない」

「まあ、それは当然」

陸が頷く。

「二つ。直接命令しない」

新がすぐに口を挟んだ。

「昨日、選びなさいって言ってたじゃん」

慧の視線が新に刺さる。

「だから言ってる」

「はい」

「三つ。相談者を追い詰めない。『今すぐ言え』とか『逃げるな』とか、そういう言葉は使わない」

「神様、だいぶ優しいな」

新が言う。

「優しいくらいでちょうどいい」

杏が言った。

「四つ。金銭を受け取らない」

そこで、新が吹き出した。

「いや、誰がどうやって神様にお賽銭払うの?」

「今は笑えるけど、そういう機能があるSNSもある」

陸が言った。

「投げ銭とか、支援とか」

「絶対なし」

慧が即答した。

「相談に答えて金を取るのは、もう遊びじゃない」

遊び。

その言葉が出た瞬間、私は少しだけ安心した。

まだ遊びの範囲にいる。
まだ戻れる。

慧が次を書いた。

「五つ。投稿前に、必ず六人中四人以上の賛成を取る」

「なんで四人?」

新が聞く。

「過半数」

陸が答えた。

「三対三になったら?」

「投稿しない」

慧が言った。

「二人以下でも投稿しない。一人の判断は禁止」

一人の判断は禁止。

その言葉は、私たちを守ってくれるように聞こえて、少し息がしやすくなった。

「六つ。相談文をそのまま載せない」

慧は続けた。

「七つ。答えられない相談には答えない。特に、命に関わること、いじめ、虐待、犯罪っぽい内容は、専門機関か先生に繋ぐ」

「それ、神様じゃなくて相談窓口じゃん」

新が言った。

「それでいい」

慧は言った。

「俺たちは神様じゃない」

その時、白い面のアイコンが、スマホの画面で光っていた。

――俺たちは神様じゃない。

当たり前のことなのに、その言葉は少し浮いて聞こえた。

昨日からまだ一日しか経っていないのに、私たちはもう、神様じゃないと言い聞かせなければいけない場所にいた。

陸がノートパソコンを開いた。

「じゃあ、運用しやすいように共有メモ作るわ」

「共有メモ?」

杏が覗き込む。

「相談が来たら、相談IDを振る。内容をざっくり分類。返答方針を書いて、投票欄を作る」

陸はキーボードを叩いた。

画面に、灰色の表ができていく。

【共有メモ/神様の声】

相談ID:
受付日時:
相談種別:
要約:
危険度:
返答候補:
投稿可否:
賛成者:
反対者:
備考:

「仕事みたい」

私が言うと、陸は少し得意げに笑った。

「仕事じゃないから、仕事っぽくするんだろ。感情だけでやると危ないし」

その言い方は、正しかった。

正しいのに、なぜか少し怖かった。

「投票フォームも作れる」

陸は続けた。

「六人だけが押せるやつ。選択肢は、投稿する、修正して投稿、投稿しない、要相談」

「ログ残る?」

慧が聞いた。

「残る」

陸はすぐに答えた。

「誰が押したか、時間も残る。あとで確認できる」

ログ。

その言葉が、ファミレスの冷房より少し冷たかった。

誰が押したか。
何時に押したか。

ログは、黙ったことまでは記録しない。
でも、黙った結果だけは残す。

咲は、陸の画面ではなく、私たちの顔を見ていた。

新が面白がっている顔。
慧が安心しようとしている顔。
陸が仕組みを作って落ち着いている顔。
杏が誰かのためだと信じたい顔。
そして、私が何も決めていないふりをしている顔。

咲は、そういうものを見ていた。

陸が投票フォームの画面を見せた。

【投票フォーム/神様の声】

相談ID:#002
返答候補:
『神様は言う――言えなかった気持ちは、消えたふりをして残ります』

投稿しますか?

□ 賛成
□ 修正して賛成
□ 反対
□ 要相談

「なんか本格的」

新が言った。

「神様、民主主義じゃん」

「民主主義ってほどでもない」

慧が言う。

「少なくとも独裁ではない」