「本当に神様みたいじゃん」
新がそう言ったあと、誰も笑わなかった。
笑える言い方だった。
いつもの新なら、誰かが笑って、誰かが怒って、誰かがため息をついて、それで空気は戻る。
でも、戻らなかった。
ファミレスの六人席。
ポテトの皿。
溶けかけたパフェ。
水だけのグラス。
閉じられたノートパソコン。
伏せられた六つのスマホ。
そして、白い面。
【神様の声 @kamisama_no_koe_000】
『神様は言う――迷いは罪を育てる。選びなさい』
19:00
返信 6 拡散 12 いいね 49
数字は、もう増え始めていた。
「消せ」
慧が言った。
短い声だった。
「今すぐ消せ」
陸はスマホを見たまま、動かなかった。
「待って。ログ見る」
「消してから見ろ」
「消したら、ログが変わるかもしれない」
「人が見るんだぞ」
慧の声が大きくなる。
私は反射的に周りを見た。
隣の席の親子連れ。
奥の大学生二人。
ドリンクバーの前にいる店員。
誰かがこっちを見ていないか。
見られていないか。
そんなことを気にしている自分が、また嫌だった。
陸がノートパソコンを開いた。
指先が速い。
速すぎる。
怖がっている人の指じゃなくて、問題を解こうとしている人の指だった。
「予約キュー、開く」
「陸」
杏の声は細かった。
「これ、止められる?」
「分からない」
陸が言った。
その言葉で、私の背中が冷えた。
分からない。
陸が作った仕組みなのに。
陸が予約したのに。
分からない。
「禁止語チェック、通ってる」
陸が言った。
慧が画面を覗き込む。
「選びなさい、禁止語に入れただろ」
「入れた」
「じゃあ何で」
陸は別の画面を開いた。
【禁止語リスト】
晒せ
罰せ
消せ
壊せ
言いなさい
返せ
行け
謝れ
告白しろ
暴露しろ
選べ
慧の顔が固まった。
「選びなさい、が入ってない」
陸は唇を噛んだ。
「選べ、は入ってる。でも、選びなさい、は別語として扱われた」
「そんな言い訳あるか」
「言い訳じゃない。仕様」
「仕様なら、安全ってこと?」
咲が言った。
静かな声だった。
陸が咲を見る。
「そうは言ってない」
「でも、仕様通りなんでしょ」
咲は画面を見ていた。
「仕様通りに、危ない言葉が出た」
その言い方で、テーブルの上が少し冷えた。
新がスマホを持ち上げた。
「返信増えてる」
「読むな」
慧が言った。
でも、新はもう読んでいた。
【返信欄】
『選びなさい、来た』
『神様、今日ははっきりしてる』
『迷ってる人全員に刺さる』
『罪って言い方こわ』
『でも選ばないとだめだよね』
『神様に言われたら動くしかない』
動くしかない。
その一文で、杏が小さく息を吸った。
「だめ」
杏は言った。
「これ、誰かが本当に動いちゃう」
「だから消す」
慧が言った。
陸はキーボードを叩きながら答える。
「消す。消すけど、先にログ保存する。あと、なんでこのテンプレが選ばれたか見る」
陸は画面をスクロールした。
【テンプレート履歴】
『神様は言う――{迷い}は{罪}を{育てる}。{選択語}』
作成者:Kaga
元文参照:Mio_template_09
最終編集:Kiritani
編集時刻:18:32
備考:語尾候補を追加
咲の名前があった。
全員が、咲を見た。
咲は、水のグラスに指を添えていた。
「私?」
慧の声が低くなる。
「咲、何を編集した」
「語尾候補」
咲は答えた。
「見たまま。選べ、選びなさい、離れなさい、黙らないで、みたいな候補が並んでたから、列を整えた」
「整えた?」
新が笑いそうな声で言った。
笑えないのに、笑いに逃げようとしている声だった。
「澪みたいな言い方するじゃん」
私は、何も言えなかった。
整えた。
私の言葉だった。
私の逃げ道だった。
咲は私を見なかった。
「追加はしてない」
「証明できる?」
慧が聞いた。
咲は少しだけ首を傾げた。
「ログがあるんじゃないの」
陸が画面を操作した。
【編集差分】
18:32:04 行移動:語尾候補リスト
18:32:05 削除:なし
18:32:05 追加:なし
18:32:07 表示順変更:あり
「追加は、ない」
陸が言った。
慧は黙った。
でも、疑いは消えなかった。
追加していない。
でも、並べ替えた。
並び替えただけ。
整えただけ。
言葉は、場所が変わるだけで意味が変わる。
私はそれを知っている。
知っているのに、何も言えなかった。
「オラクルは?」
杏が小さく言った。
「え?」
陸が顔を上げる。
杏は画面を見つめたまま言った。
「このテンプレ、オラクルの分類とつながってないの?」
陸は一瞬、返事をしなかった。
それで十分だった。
慧が低く言う。
「つながってるんだな」
「内部情報は渡してない」
陸は早口で言った。
「ただ、外部返信欄の上位語リストを、こっちの上位語抽出に参考として入れた。公開情報だけ。オラクルが出してるリストを、こっちの検索語に――」
「入れたんだな」
慧の声は静かだった。
静かな声のほうが、怒鳴るより怖い。
陸は黙った。
新が言った。
「でもさ、公開情報なら別に――」
「篠原」
慧が新を見た。
新は口を閉じた。
杏は両手でスマホを握っていた。
「じゃあ、この言葉は誰が作ったの」
誰も答えなかった。
私が作ったテンプレ。
陸が作った仕組み。
咲が並べ替えた語尾。
外部投票の単語。
オラクルの上位語。
新が笑って許した空気。
杏が読み続けた相談。
慧が止めきれなかった反対。
全部が混ざっている。
混ざったものは、もう分けられない。
私は画面の投稿を見た。
『神様は言う――迷いは罪を育てる。選びなさい』
私の言葉なのに、私の言葉じゃない。
私の匂いがする。
でも、私の指は押していない。
私の癖がある。
でも、私がそのまま書いた文ではない。
私の口から出たようで、誰の口からも出ていない。
「消した」
陸が言った。
画面の投稿が消えた。
でも、返信欄のスクリーンショットはもう残っていた。
引用も残っていた。
オラクルのまとめ通知も、すでに来ていた。
【オラクル @oracle_listen】
『神様の今夜の御言葉』
迷いは罪を育てる。選びなさい。
選ばないことも、選択です。
沈黙の中で育つものを、神様は見ています。
#神様の声
#神様は見ている
「早すぎるだろ」
新が言った。
声が震えていた。
「消しても、もうある」
咲が言った。
慧は、陸のノートパソコンを見た。
「自動投稿を全部止めろ」
「止める」
陸が言った。
今度は反論しなかった。
慧は苦しそうに言った。
「俺たちは神様じゃない」
新がそう言ったあと、誰も笑わなかった。
笑える言い方だった。
いつもの新なら、誰かが笑って、誰かが怒って、誰かがため息をついて、それで空気は戻る。
でも、戻らなかった。
ファミレスの六人席。
ポテトの皿。
溶けかけたパフェ。
水だけのグラス。
閉じられたノートパソコン。
伏せられた六つのスマホ。
そして、白い面。
【神様の声 @kamisama_no_koe_000】
『神様は言う――迷いは罪を育てる。選びなさい』
19:00
返信 6 拡散 12 いいね 49
数字は、もう増え始めていた。
「消せ」
慧が言った。
短い声だった。
「今すぐ消せ」
陸はスマホを見たまま、動かなかった。
「待って。ログ見る」
「消してから見ろ」
「消したら、ログが変わるかもしれない」
「人が見るんだぞ」
慧の声が大きくなる。
私は反射的に周りを見た。
隣の席の親子連れ。
奥の大学生二人。
ドリンクバーの前にいる店員。
誰かがこっちを見ていないか。
見られていないか。
そんなことを気にしている自分が、また嫌だった。
陸がノートパソコンを開いた。
指先が速い。
速すぎる。
怖がっている人の指じゃなくて、問題を解こうとしている人の指だった。
「予約キュー、開く」
「陸」
杏の声は細かった。
「これ、止められる?」
「分からない」
陸が言った。
その言葉で、私の背中が冷えた。
分からない。
陸が作った仕組みなのに。
陸が予約したのに。
分からない。
「禁止語チェック、通ってる」
陸が言った。
慧が画面を覗き込む。
「選びなさい、禁止語に入れただろ」
「入れた」
「じゃあ何で」
陸は別の画面を開いた。
【禁止語リスト】
晒せ
罰せ
消せ
壊せ
言いなさい
返せ
行け
謝れ
告白しろ
暴露しろ
選べ
慧の顔が固まった。
「選びなさい、が入ってない」
陸は唇を噛んだ。
「選べ、は入ってる。でも、選びなさい、は別語として扱われた」
「そんな言い訳あるか」
「言い訳じゃない。仕様」
「仕様なら、安全ってこと?」
咲が言った。
静かな声だった。
陸が咲を見る。
「そうは言ってない」
「でも、仕様通りなんでしょ」
咲は画面を見ていた。
「仕様通りに、危ない言葉が出た」
その言い方で、テーブルの上が少し冷えた。
新がスマホを持ち上げた。
「返信増えてる」
「読むな」
慧が言った。
でも、新はもう読んでいた。
【返信欄】
『選びなさい、来た』
『神様、今日ははっきりしてる』
『迷ってる人全員に刺さる』
『罪って言い方こわ』
『でも選ばないとだめだよね』
『神様に言われたら動くしかない』
動くしかない。
その一文で、杏が小さく息を吸った。
「だめ」
杏は言った。
「これ、誰かが本当に動いちゃう」
「だから消す」
慧が言った。
陸はキーボードを叩きながら答える。
「消す。消すけど、先にログ保存する。あと、なんでこのテンプレが選ばれたか見る」
陸は画面をスクロールした。
【テンプレート履歴】
『神様は言う――{迷い}は{罪}を{育てる}。{選択語}』
作成者:Kaga
元文参照:Mio_template_09
最終編集:Kiritani
編集時刻:18:32
備考:語尾候補を追加
咲の名前があった。
全員が、咲を見た。
咲は、水のグラスに指を添えていた。
「私?」
慧の声が低くなる。
「咲、何を編集した」
「語尾候補」
咲は答えた。
「見たまま。選べ、選びなさい、離れなさい、黙らないで、みたいな候補が並んでたから、列を整えた」
「整えた?」
新が笑いそうな声で言った。
笑えないのに、笑いに逃げようとしている声だった。
「澪みたいな言い方するじゃん」
私は、何も言えなかった。
整えた。
私の言葉だった。
私の逃げ道だった。
咲は私を見なかった。
「追加はしてない」
「証明できる?」
慧が聞いた。
咲は少しだけ首を傾げた。
「ログがあるんじゃないの」
陸が画面を操作した。
【編集差分】
18:32:04 行移動:語尾候補リスト
18:32:05 削除:なし
18:32:05 追加:なし
18:32:07 表示順変更:あり
「追加は、ない」
陸が言った。
慧は黙った。
でも、疑いは消えなかった。
追加していない。
でも、並べ替えた。
並び替えただけ。
整えただけ。
言葉は、場所が変わるだけで意味が変わる。
私はそれを知っている。
知っているのに、何も言えなかった。
「オラクルは?」
杏が小さく言った。
「え?」
陸が顔を上げる。
杏は画面を見つめたまま言った。
「このテンプレ、オラクルの分類とつながってないの?」
陸は一瞬、返事をしなかった。
それで十分だった。
慧が低く言う。
「つながってるんだな」
「内部情報は渡してない」
陸は早口で言った。
「ただ、外部返信欄の上位語リストを、こっちの上位語抽出に参考として入れた。公開情報だけ。オラクルが出してるリストを、こっちの検索語に――」
「入れたんだな」
慧の声は静かだった。
静かな声のほうが、怒鳴るより怖い。
陸は黙った。
新が言った。
「でもさ、公開情報なら別に――」
「篠原」
慧が新を見た。
新は口を閉じた。
杏は両手でスマホを握っていた。
「じゃあ、この言葉は誰が作ったの」
誰も答えなかった。
私が作ったテンプレ。
陸が作った仕組み。
咲が並べ替えた語尾。
外部投票の単語。
オラクルの上位語。
新が笑って許した空気。
杏が読み続けた相談。
慧が止めきれなかった反対。
全部が混ざっている。
混ざったものは、もう分けられない。
私は画面の投稿を見た。
『神様は言う――迷いは罪を育てる。選びなさい』
私の言葉なのに、私の言葉じゃない。
私の匂いがする。
でも、私の指は押していない。
私の癖がある。
でも、私がそのまま書いた文ではない。
私の口から出たようで、誰の口からも出ていない。
「消した」
陸が言った。
画面の投稿が消えた。
でも、返信欄のスクリーンショットはもう残っていた。
引用も残っていた。
オラクルのまとめ通知も、すでに来ていた。
【オラクル @oracle_listen】
『神様の今夜の御言葉』
迷いは罪を育てる。選びなさい。
選ばないことも、選択です。
沈黙の中で育つものを、神様は見ています。
#神様の声
#神様は見ている
「早すぎるだろ」
新が言った。
声が震えていた。
「消しても、もうある」
咲が言った。
慧は、陸のノートパソコンを見た。
「自動投稿を全部止めろ」
「止める」
陸が言った。
今度は反論しなかった。
慧は苦しそうに言った。
「俺たちは神様じゃない」



