神様は誰?

――次の日から、予約投稿は増えた。

最初は一日一つだった。
それが二つになった。
朝の投稿。
夜の投稿。
相談者が少ない時間に、過去ログから軽いものを選んで出す。

陸は「負担分散」と言った。

新は「神様のシフト表」と呼んだ。

杏は、少し眠れるようになった。

慧は、毎回反対した。

咲は、投稿後の反応を見ていた。

私は、テンプレートを書き足した。

【予約投稿一覧】

07:30
『神様は言う――朝に息ができない場所なら、夜まで耐えることを祈りとは呼びません』

21:00
『神様は言う――隠した言葉は、見ないふりの中で育つ』

22:15
『神様は言う――赦せない自分を、罪にしなくていい』

23:00
『神様は言う――選ばなかったことも、沈黙の中であなたを選びます』

「23時以降は強く読まれすぎるって、オラクルが言ってた」

杏が言った。

陸は頷いた。

「だから23時で止めてる。深夜帯は予約しない」

「神様に門限あるの?」

新が笑った。

誰も笑わなかった。

神様に門限はなかった。
本当は、あってほしかった。

「このままだと」

慧が言った。

ファミレスの六人席。
今日も同じ席。
同じ皿。
同じグラス。
同じノートパソコン。

「誰かが本当に『自分は言ってない』って言えるようになる」

その言葉に、陸が顔を上げた。

「何だよ、それ」

慧は陸を見た。

「予約投稿なら、その時間に投稿してないと言える。自動生成なら、その文を直接書いてないと言える。投票反映なら、自分が選んだわけじゃないと言える。テンプレなら、ただの部品だと言える」

慧の声は静かだった。

静かな声ほど、逃げ道がない。

「それはもう、誰も言ってない言葉だ」

その一文で、テーブルの上の空気が止まった。

――誰も言ってない言葉。

「でも、仕組みがなかったら回らない」

「回さなくていい」

「回さなかったら、放置になる」

「放置したくないなら、人間が言え」

「人間が言ったら、澪に負担が行くだろ」

その瞬間、全員の視線が私に向いた。

私は息を止めた。

守られたのか。
押しつけられたのか。
分からなかった。

新が、空気を変えるみたいに笑った。

「でもさ」

その、でも、に私はもう怯えるようになっていた。

「言ってない言葉のほうが、なんか神様っぽくない?」

慧が新を睨む前に、咲が言った。

「言ってない言葉のほうが、神様っぽい」

同じような言葉なのに、咲が言うと、温度が消えた。

新が少しだけ黙る。

咲は続けた。

「人間が言うと、声の主がいる。癖がある。責任がある。でも、誰も言ってない言葉は、主がいない。だから、受け取る人が好きな主を置ける」

杏が小さく言った。

「それって、怖い」

咲は頷いた。

「うん」

怖い。

でも、咲の目は画面から離れなかった。

陸が、予約投稿の設定画面を開いた。

「今日、一回だけ完全自動を試す」

慧が即座に言った。

「やめろ」

「危険度低。選択肢も穏当。テンプレも澪が承認済みのだけ。禁止語もある。投稿前にプレビューも出る。全員の前でやる。全員のスマホをテーブルに置く。誰も触らない。19時に投稿される。ログも残る」

新が少し笑った。

「儀式みたい」

「儀式にするな」

慧が言う。

でも、誰も帰らなかった。

帰ればよかった。

その場から立ち上がって、こんなのやめようと言えばよかった。
空気を壊してでも。

でも私は、座っていた。

スマホをテーブルの真ん中に伏せた。
みんなもそうした。

六つのスマホが、テーブルに並んだ。

新のスマホ。
慧のスマホ。
陸のスマホ。
咲のスマホ。
杏のスマホ。
私のスマホ。

白い面は、どの画面にも映っていない。

陸はノートパソコンも閉じた。

「18時59分」

彼が言った。

「誰も触ってない」

「ログに残る?」

慧が聞く。

「残る」

陸は答えた。

「予約キュー、外部投票結果、自動生成、投稿完了時刻。全部」

全部。

それで安心できるはずだった。

でも、ログは言葉の責任までは残さない。

誰が迷ったか。
誰が止めようとしたか。
誰が黙ったか。
誰が、内心で少しだけ面白いと思ったか。

そういうものは、どこにも残らない。

19時。

ファミレスのドリンクバーの機械が、氷を落とす音を立てた。

その直後、六つのスマホがほとんど同時に鳴った。

短い通知音。

一つ。
二つ。
重なって、六つ。

誰も、すぐには動かなかった。

でも、全員が画面を見た。

テーブルの上で伏せていたスマホを、同じように表へ返す。

白い面のアイコン。

【神様の声 @kamisama_no_koe_000】

『神様は言う――迷いは罪を育てる。選びなさい』

19:00
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誰も投稿していない。

誰もスマホを触っていない。
誰も投稿ボタンを押していない。
誰も、その瞬間に文を書いていない。

それなのに、神様は喋った。

私のテンプレートだった。
陸の仕組みだった。
外部投票の結果だった。
上位語だった。
予約投稿だった。

でも、その文を、その形で、誰かが言ったわけではなかった。

『迷いは罪を育てる。選びなさい』

強い。

強すぎる。

私なら、最後を変えたかもしれない。
「選びなさい」ではなく、「選んでください」でもなく、「選ぶ時が来ます」くらいにしたかもしれない。

でも、もう投稿されていた。

新が、画面を見たまま笑った。

軽い笑いだった。
でも、声の奥が少し震えていた。

「本当に神様みたいじゃん」

私は笑えなかった。