――放課後のファミレスは、いつもより明るかった。
窓の外がまだ夕方だったからかもしれない。
店内の照明が、白すぎるからかもしれない。
それとも、私たちが暗いものを持ち込みすぎて、普通の光がまぶしかっただけかもしれない。
ポテトの皿。
ドリンクバーのグラス。
陸のノートパソコン。
慧のメモ帳。
杏のスマホ。
新のパフェ。
咲の水。
そして、私のスマホには、空のメモ帳が開かれていた。
陸が説明した。
「完全自動じゃない。最初は半自動」
「半自動って何」
杏が聞く。
「人間が相談カテゴリと危険度を確認する。外部投票も、危ない選択肢が一位だったら止める。そのあと、テンプレ候補が三つ出る。澪が選ぶ。予約投稿に入れる」
慧がすぐに言った。
「それなら澪が書いてるのと変わらない」
「負担は減る」
私は、メモ帳に文字を打った。
『神様は言う――息ができない場所を、居場所と呼ばなくていい』
『神様は言う――離れることは、罪ではありません。戻る場所を選びなさい』
『神様は言う――優しさのふりをした鎖を、祈りとは呼びません』
書ける。
嫌になるくらい、書けた。
『神様は言う――隠した嘘は、黙った日数だけ重くなる』
『神様は言う――言わなかったことも、消えたことにはなりません』
『神様は言う――見えない罪ほど、夜に育つ』
『神様は言う――赦すことは、なかったことにすることではありません』
『神様は言う――傷を抱いたまま離れることも、祈りです』
『神様は言う――戻れない場所に、心だけを置いていってはいけない』
『神様は言う――迷いは、見ないふりをした罪を育てる』
『神様は言う――選ばなかったことも、いつかあなたを選びます』
『神様は言う――沈黙は祈りではない。選べ』
「うわ」
新が、隣から覗き込んだ。
「澪、量産できるじゃん」
その言葉に、胃のあたりが冷えた。
量産。
私の言葉が、商品みたいだった。
でも、実際そうだった。
短く。
断定的に。
余白を残して。
誰かが自分の痛みに合わせて読めるように。
私は、神様の口を作っていた。
それも、一つではなく、たくさん。
「これは使わない」
慧が私の画面を指した。
「どれ」
「『沈黙は祈りではない。選べ』。強すぎる」
「でも、前から神様は強かったじゃん」
新が言う。
慧は新を見た。
「強かったから、晒しが起きたんだろ」
新は口を閉じた。
陸は、別の画面を開いた。
【自動神託テスト/相談ID #868】
相談カテゴリ:迷い/友人
危険度:低
外部投票結果:
待つ 12%
離れる 18%
話す 49%
赦す 16%
その他 5%
返信欄上位語:
「怖い」23
「言う」19
「友達」18
「嘘」14
「今夜」8
推奨テンプレート:
D:『神様は言う――{迷い}は{罪}を{育てる}。{選択語}』
生成案:
『神様は言う――迷いは嘘を育てる。言いなさい』
慧が即座に言った。
「だめだ」
私も思った。
言いなさい。
強すぎる。
相談者の事情を知らない。
相手がどんな友達かも分からない。
言った結果、何が起こるかも分からない。
陸は、すぐに修正した。
「だから、こうやって弾く。命令語リストに入れる」
【禁止語】
晒せ
罰せ
消せ
壊せ
言いなさい
返せ
行け
謝れ
告白しろ
暴露しろ
「禁止語を入れれば安全ってことじゃない」
慧が言った。
「分かってる」
陸は言う。
「でも、入れないよりまし」
また、まし。
せめて。
まし。
一回だけ。
試すだけ。
私たちの足元には、そういう言葉が積もっていた。
杏が別の相談を選んだ。
「これは、軽いと思う」
【匿名相談 #771】
『友達に借りた本を返せていません。
少し汚してしまいました。
謝るのが怖くて、ずっと鞄に入れています。
相手はもう忘れているかもしれません。
でも、毎日それを見るたびに苦しくなります。』
確かに、軽く見える。
本。
汚れ。
返せない。
謝るのが怖い。
でも、相談者にとっては、軽くない。
軽くないから、神様に送ってきた。
陸は外部投票の設定を出した。
【外部投票 #171】
神様は、どう答えるべきですか。
□ 返す
□ 待つ
□ 正直に話す
□ 距離を置く
□ 赦す
投票終了まで:20分
「晒すと罰する、外した」
陸が言った。
慧は少しだけ頷いた。
「最初からそうしろ」
投票結果は、穏当だった。
【投票結果 #171】
返す:41%
正直に話す:37%
赦す:14%
待つ:7%
距離を置く:1%
返信欄上位語:
「返す」
「謝る」
「重い」
「本」
「怖い」
陸が実行ボタンを押した。
【自動神託テスト/#171】
カテゴリ:返却/罪悪感
方向性:返す
上位語:返す、謝る、重い、本、怖い
テンプレート候補:
C:『神様は言う――{隠したもの}は、{場所}で{重くなる}』
生成案:
一、『神様は言う――返されなかったものは、鞄の中で重くなる』
二、『神様は言う――怖さは、本より先に心を重くする』
三、『神様は言う――謝れなかったものは、沈黙の中で重くなる』
私は、その三つを見た。
一つ目は、少し具体的すぎる。
二つ目は、神様というより普通の助言みたいだ。
三つ目は、使える。
使える、と思ってしまった。
「三つ目」
私は言った。
慧が私を見る。
「澪」
「直接命令じゃない。個人情報もない。返せとも言ってない」
陸が頷いた。
「じゃあ、予約に入れる」
【予約投稿キュー】
ID:#171
投稿文:
『神様は言う――謝れなかったものは、沈黙の中で重くなる』
予約時刻:21:30
ステータス:待機中
予約投稿。
その文字が、画面の中で静かに光っていた。
まだ投稿されていない。
でも、もう投稿されることは決まっている。
未来の神様の言葉。
それは、下書きとは違った。
下書きなら、消せる。
迷っている間は、まだ私の手の中にある。
でも、予約投稿は違う。
時間に預けた瞬間、言葉は私の手を離れる。
私はその時、寝ていてもいい。
お風呂に入っていてもいい。
スマホを見ていなくてもいい。
神様は、時間になると喋る。
「これで夜、少し楽になるかも」
杏が言った。
その声には、本当に少しだけ希望があった。
私は、それを否定できなかった。
窓の外がまだ夕方だったからかもしれない。
店内の照明が、白すぎるからかもしれない。
それとも、私たちが暗いものを持ち込みすぎて、普通の光がまぶしかっただけかもしれない。
ポテトの皿。
ドリンクバーのグラス。
陸のノートパソコン。
慧のメモ帳。
杏のスマホ。
新のパフェ。
咲の水。
そして、私のスマホには、空のメモ帳が開かれていた。
陸が説明した。
「完全自動じゃない。最初は半自動」
「半自動って何」
杏が聞く。
「人間が相談カテゴリと危険度を確認する。外部投票も、危ない選択肢が一位だったら止める。そのあと、テンプレ候補が三つ出る。澪が選ぶ。予約投稿に入れる」
慧がすぐに言った。
「それなら澪が書いてるのと変わらない」
「負担は減る」
私は、メモ帳に文字を打った。
『神様は言う――息ができない場所を、居場所と呼ばなくていい』
『神様は言う――離れることは、罪ではありません。戻る場所を選びなさい』
『神様は言う――優しさのふりをした鎖を、祈りとは呼びません』
書ける。
嫌になるくらい、書けた。
『神様は言う――隠した嘘は、黙った日数だけ重くなる』
『神様は言う――言わなかったことも、消えたことにはなりません』
『神様は言う――見えない罪ほど、夜に育つ』
『神様は言う――赦すことは、なかったことにすることではありません』
『神様は言う――傷を抱いたまま離れることも、祈りです』
『神様は言う――戻れない場所に、心だけを置いていってはいけない』
『神様は言う――迷いは、見ないふりをした罪を育てる』
『神様は言う――選ばなかったことも、いつかあなたを選びます』
『神様は言う――沈黙は祈りではない。選べ』
「うわ」
新が、隣から覗き込んだ。
「澪、量産できるじゃん」
その言葉に、胃のあたりが冷えた。
量産。
私の言葉が、商品みたいだった。
でも、実際そうだった。
短く。
断定的に。
余白を残して。
誰かが自分の痛みに合わせて読めるように。
私は、神様の口を作っていた。
それも、一つではなく、たくさん。
「これは使わない」
慧が私の画面を指した。
「どれ」
「『沈黙は祈りではない。選べ』。強すぎる」
「でも、前から神様は強かったじゃん」
新が言う。
慧は新を見た。
「強かったから、晒しが起きたんだろ」
新は口を閉じた。
陸は、別の画面を開いた。
【自動神託テスト/相談ID #868】
相談カテゴリ:迷い/友人
危険度:低
外部投票結果:
待つ 12%
離れる 18%
話す 49%
赦す 16%
その他 5%
返信欄上位語:
「怖い」23
「言う」19
「友達」18
「嘘」14
「今夜」8
推奨テンプレート:
D:『神様は言う――{迷い}は{罪}を{育てる}。{選択語}』
生成案:
『神様は言う――迷いは嘘を育てる。言いなさい』
慧が即座に言った。
「だめだ」
私も思った。
言いなさい。
強すぎる。
相談者の事情を知らない。
相手がどんな友達かも分からない。
言った結果、何が起こるかも分からない。
陸は、すぐに修正した。
「だから、こうやって弾く。命令語リストに入れる」
【禁止語】
晒せ
罰せ
消せ
壊せ
言いなさい
返せ
行け
謝れ
告白しろ
暴露しろ
「禁止語を入れれば安全ってことじゃない」
慧が言った。
「分かってる」
陸は言う。
「でも、入れないよりまし」
また、まし。
せめて。
まし。
一回だけ。
試すだけ。
私たちの足元には、そういう言葉が積もっていた。
杏が別の相談を選んだ。
「これは、軽いと思う」
【匿名相談 #771】
『友達に借りた本を返せていません。
少し汚してしまいました。
謝るのが怖くて、ずっと鞄に入れています。
相手はもう忘れているかもしれません。
でも、毎日それを見るたびに苦しくなります。』
確かに、軽く見える。
本。
汚れ。
返せない。
謝るのが怖い。
でも、相談者にとっては、軽くない。
軽くないから、神様に送ってきた。
陸は外部投票の設定を出した。
【外部投票 #171】
神様は、どう答えるべきですか。
□ 返す
□ 待つ
□ 正直に話す
□ 距離を置く
□ 赦す
投票終了まで:20分
「晒すと罰する、外した」
陸が言った。
慧は少しだけ頷いた。
「最初からそうしろ」
投票結果は、穏当だった。
【投票結果 #171】
返す:41%
正直に話す:37%
赦す:14%
待つ:7%
距離を置く:1%
返信欄上位語:
「返す」
「謝る」
「重い」
「本」
「怖い」
陸が実行ボタンを押した。
【自動神託テスト/#171】
カテゴリ:返却/罪悪感
方向性:返す
上位語:返す、謝る、重い、本、怖い
テンプレート候補:
C:『神様は言う――{隠したもの}は、{場所}で{重くなる}』
生成案:
一、『神様は言う――返されなかったものは、鞄の中で重くなる』
二、『神様は言う――怖さは、本より先に心を重くする』
三、『神様は言う――謝れなかったものは、沈黙の中で重くなる』
私は、その三つを見た。
一つ目は、少し具体的すぎる。
二つ目は、神様というより普通の助言みたいだ。
三つ目は、使える。
使える、と思ってしまった。
「三つ目」
私は言った。
慧が私を見る。
「澪」
「直接命令じゃない。個人情報もない。返せとも言ってない」
陸が頷いた。
「じゃあ、予約に入れる」
【予約投稿キュー】
ID:#171
投稿文:
『神様は言う――謝れなかったものは、沈黙の中で重くなる』
予約時刻:21:30
ステータス:待機中
予約投稿。
その文字が、画面の中で静かに光っていた。
まだ投稿されていない。
でも、もう投稿されることは決まっている。
未来の神様の言葉。
それは、下書きとは違った。
下書きなら、消せる。
迷っている間は、まだ私の手の中にある。
でも、予約投稿は違う。
時間に預けた瞬間、言葉は私の手を離れる。
私はその時、寝ていてもいい。
お風呂に入っていてもいい。
スマホを見ていなくてもいい。
神様は、時間になると喋る。
「これで夜、少し楽になるかも」
杏が言った。
その声には、本当に少しだけ希望があった。
私は、それを否定できなかった。



