――昼休み、六人は階段の踊り場に集まった。
屋上へ続く扉は、今日も閉まっていた。
鉄の扉の向こうには、明るい空があるはずなのに、ここから見えるのは薄暗い踊り場と、手すりの影だけだった。
陸は、スマホではなくノートパソコンを持ってきていた。
「試作、作った」
最初の一言がそれだった。
慧の顔が、すぐに硬くなる。
「作った?」
陸は早口で言った。
「相談カテゴリを選んで、外部投票の結果を読み込んで、上位になった単語を拾って、テンプレに入れるだけ。AIとかじゃない。ただの条件分岐と置換」
「ただの、って言うな」
慧の声は低かった。
陸は画面を開いた。
【自動神託テスト/v0.1】
入力項目:
・相談ID
・相談カテゴリ
・危険度
・外部投票結果
・上位単語
・投稿時刻
処理:
一、危険度「高」「緊急」は除外
二、相談カテゴリを選択
三、外部投票で最上位の方向性を取得
四、返信欄・投票コメントの上位単語を抽出
五、澪テンプレートに挿入
六、予約投稿キューへ送信
出力:
神様の文体案
予約投稿時刻
投稿ステータス
「澪テンプレート?」
私は聞いた。
声が少し遅れた。
陸が私を見る。
「澪が今まで書いてきた文を分解した。名乗り、断定、余白、最後の一語。パターン化できる」
パターン化。
私の中で、何かが小さく引っかかった。
「私の文を?」
「文そのものじゃない。形」
陸は悪気なく言った。
「たとえば、こう」
画面に、灰色の枠が並んでいた。
【澪テンプレート案】
A:
『神様は言う――{名詞}は、{時間}の中で{変化}する』
B:
『神様は言う――{行為}ことを、{美しい言い換え}とは呼びません』
C:
『神様は言う――{隠したもの}は、{場所}で{重くなる}』
D:
『神様は言う――{迷い}は{罪}を{育てる}。{選択語}』
E:
『神様は言う――{見ていること}と、{加担すること}を同じ祈りにしてはいけない』
「やめろ」
慧が言った。
短い声だった。
陸の指が止まる。
「だから、まだ動かしてないって」
「動かすとか動かさないとかじゃない。澪の文を部品にするな」
私は慧を見た。
自分でも分からなかった。
助けられたような気もした。
でも、同時に、責められたような気もした。
澪の文。
そう言われると、逃げ道がなくなる。
私は整えただけ。
みんなの言葉を、神様の形にしただけ。
そう言ってきたのに、慧は私の文だと言った。
陸は少し苛立ったように息を吐いた。
「部品にしないと無理なんだよ。未対応、もう700超えてる。懺悔室は止めたけど、過去分がある。外部投票の返信も追えない。杏が全部読むのも限界だろ」
杏は、手すりの近くでスマホを握っていた。
目の下に薄い影がある。
「……読むの、遅くなってる」
杏は小さく言った。
「一個読むのに、前より時間かかる。似た相談でも、全部違う人だって思うと、飛ばせない。でも、飛ばさないと次が読めない」
その声を聞くと、何も言えなくなる。
杏は、救いたいと思っている。
本気で。
だから危ない。
陸は続けた。
「危険度高いのは自動にしない。緊急も除外。供え物ありも除外。神託引用者も除外。外部投票で荒れたやつも除外する。軽い相談だけ」
「軽い相談って何だよ」
慧が言う。
「軽いかどうかを、誰が決めるんだ」
陸は画面を指した。
「カテゴリと危険度」
「だから、それを誰が」
「最初は俺たちが決める」
「だったら最初から俺たちが書け」
陸の顔が歪んだ。
「書けないから言ってるんだろ!」
声が階段に響いた。
私は反射的に周りを見た。
誰かが来ていないか。
聞かれていないか。
空気が壊れていないか。
まだ、そんなことを気にしている自分が嫌だった。
新が軽く手を上げた。
「まあまあ。自動化っていうか、神様の夜勤でしょ」
「篠原」
慧が睨む。
新は肩をすくめた。
「だって、実際さ。神様が夜だけ黙ると、『見捨てられた』って来るじゃん。二十三時以降、自己罰型が増えるってオラクルも言ってたし」
オラクル。
その名前が出ただけで、空気が少し冷える。
咲は黙っていた。
扉の横の壁にもたれて、私たちを見ている。
いつものように。
何も決めていない顔で。
でも、全部見ている顔で。
「オラクルには送ってない」
陸は言った。
誰に向けてか分からない言い訳だった。
「内部情報は渡してない。これは俺が作った」
「オラクルが言い出したことだろ」
慧が言う。
「提案を見ただけ」
「参考にしたんだろ」
「参考にした。だから何?」
陸の声が尖った。
「外から見えてる熱を整理するのは必要なんだよ。俺たちだけじゃもう見えない」
「見えないなら、止めるんだ」
慧が言った。
その言葉は正しかった。
止める。
閉じる。
投稿しない。
フォームも消す。
正しい。
でも、正しい言葉は、いつも現実の数に負けそうになる。
未対応700。
懺悔室の過去ログ。
供え物。
外部投票。
白い面を持っている人。
神様に見てほしい人。
神様に罰してほしい人。
その数字を見てしまうと、止めることが逃げに見える。
本当は、続けるほうが逃げなのに。
「澪は?」
新が言った。
私は顔を上げた。
「え?」
「テンプレ。作れる?」
その言い方が軽すぎて、少し笑いそうになった。
笑えなかった。
作れるかどうかで聞かれると、答えは決まってしまう。
できる。
私は、そう思ってしまう。
「……作れると思う」
言った瞬間、慧が私を見た。
その目を、私は直視できなかった。
屋上へ続く扉は、今日も閉まっていた。
鉄の扉の向こうには、明るい空があるはずなのに、ここから見えるのは薄暗い踊り場と、手すりの影だけだった。
陸は、スマホではなくノートパソコンを持ってきていた。
「試作、作った」
最初の一言がそれだった。
慧の顔が、すぐに硬くなる。
「作った?」
陸は早口で言った。
「相談カテゴリを選んで、外部投票の結果を読み込んで、上位になった単語を拾って、テンプレに入れるだけ。AIとかじゃない。ただの条件分岐と置換」
「ただの、って言うな」
慧の声は低かった。
陸は画面を開いた。
【自動神託テスト/v0.1】
入力項目:
・相談ID
・相談カテゴリ
・危険度
・外部投票結果
・上位単語
・投稿時刻
処理:
一、危険度「高」「緊急」は除外
二、相談カテゴリを選択
三、外部投票で最上位の方向性を取得
四、返信欄・投票コメントの上位単語を抽出
五、澪テンプレートに挿入
六、予約投稿キューへ送信
出力:
神様の文体案
予約投稿時刻
投稿ステータス
「澪テンプレート?」
私は聞いた。
声が少し遅れた。
陸が私を見る。
「澪が今まで書いてきた文を分解した。名乗り、断定、余白、最後の一語。パターン化できる」
パターン化。
私の中で、何かが小さく引っかかった。
「私の文を?」
「文そのものじゃない。形」
陸は悪気なく言った。
「たとえば、こう」
画面に、灰色の枠が並んでいた。
【澪テンプレート案】
A:
『神様は言う――{名詞}は、{時間}の中で{変化}する』
B:
『神様は言う――{行為}ことを、{美しい言い換え}とは呼びません』
C:
『神様は言う――{隠したもの}は、{場所}で{重くなる}』
D:
『神様は言う――{迷い}は{罪}を{育てる}。{選択語}』
E:
『神様は言う――{見ていること}と、{加担すること}を同じ祈りにしてはいけない』
「やめろ」
慧が言った。
短い声だった。
陸の指が止まる。
「だから、まだ動かしてないって」
「動かすとか動かさないとかじゃない。澪の文を部品にするな」
私は慧を見た。
自分でも分からなかった。
助けられたような気もした。
でも、同時に、責められたような気もした。
澪の文。
そう言われると、逃げ道がなくなる。
私は整えただけ。
みんなの言葉を、神様の形にしただけ。
そう言ってきたのに、慧は私の文だと言った。
陸は少し苛立ったように息を吐いた。
「部品にしないと無理なんだよ。未対応、もう700超えてる。懺悔室は止めたけど、過去分がある。外部投票の返信も追えない。杏が全部読むのも限界だろ」
杏は、手すりの近くでスマホを握っていた。
目の下に薄い影がある。
「……読むの、遅くなってる」
杏は小さく言った。
「一個読むのに、前より時間かかる。似た相談でも、全部違う人だって思うと、飛ばせない。でも、飛ばさないと次が読めない」
その声を聞くと、何も言えなくなる。
杏は、救いたいと思っている。
本気で。
だから危ない。
陸は続けた。
「危険度高いのは自動にしない。緊急も除外。供え物ありも除外。神託引用者も除外。外部投票で荒れたやつも除外する。軽い相談だけ」
「軽い相談って何だよ」
慧が言う。
「軽いかどうかを、誰が決めるんだ」
陸は画面を指した。
「カテゴリと危険度」
「だから、それを誰が」
「最初は俺たちが決める」
「だったら最初から俺たちが書け」
陸の顔が歪んだ。
「書けないから言ってるんだろ!」
声が階段に響いた。
私は反射的に周りを見た。
誰かが来ていないか。
聞かれていないか。
空気が壊れていないか。
まだ、そんなことを気にしている自分が嫌だった。
新が軽く手を上げた。
「まあまあ。自動化っていうか、神様の夜勤でしょ」
「篠原」
慧が睨む。
新は肩をすくめた。
「だって、実際さ。神様が夜だけ黙ると、『見捨てられた』って来るじゃん。二十三時以降、自己罰型が増えるってオラクルも言ってたし」
オラクル。
その名前が出ただけで、空気が少し冷える。
咲は黙っていた。
扉の横の壁にもたれて、私たちを見ている。
いつものように。
何も決めていない顔で。
でも、全部見ている顔で。
「オラクルには送ってない」
陸は言った。
誰に向けてか分からない言い訳だった。
「内部情報は渡してない。これは俺が作った」
「オラクルが言い出したことだろ」
慧が言う。
「提案を見ただけ」
「参考にしたんだろ」
「参考にした。だから何?」
陸の声が尖った。
「外から見えてる熱を整理するのは必要なんだよ。俺たちだけじゃもう見えない」
「見えないなら、止めるんだ」
慧が言った。
その言葉は正しかった。
止める。
閉じる。
投稿しない。
フォームも消す。
正しい。
でも、正しい言葉は、いつも現実の数に負けそうになる。
未対応700。
懺悔室の過去ログ。
供え物。
外部投票。
白い面を持っている人。
神様に見てほしい人。
神様に罰してほしい人。
その数字を見てしまうと、止めることが逃げに見える。
本当は、続けるほうが逃げなのに。
「澪は?」
新が言った。
私は顔を上げた。
「え?」
「テンプレ。作れる?」
その言い方が軽すぎて、少し笑いそうになった。
笑えなかった。
作れるかどうかで聞かれると、答えは決まってしまう。
できる。
私は、そう思ってしまう。
「……作れると思う」
言った瞬間、慧が私を見た。
その目を、私は直視できなかった。



