――問題の投票が始まったのは、外部投票を導入して三日目の夜だった。
杏が選んだ相談ではなかった。
陸が、フォームの中から拾った。
「これ、投票向きかもしれない」
慧が即座に眉をひそめた。
「投票向きって言い方、やめろ」
陸は画面を共有した。
【懺悔室/相談 #712】
呼び名:なし
年齢:未記入
『友達の鍵アカで、同じ学年の子の写真が勝手に加工されて笑われています。
最初は悪ノリだと思いました。
私も笑いました。
でも、最近ひどくなっています。
その子の失敗した動画や、変な顔の写真や、秘密っぽい噂まで流れています。
私は止められません。
止めたら、今度は私がターゲットになると思います。
でも、見ているだけなのも嫌です。
神様、私はどうしたらいいですか。』
私は、読みながら息が浅くなった。
鍵アカ。
写真。
加工。
笑う。
見ているだけ。
あの晒しの空気が、まだ体に残っている。
それなのに、似た形の相談がまた来る。
いや、似ているから来たのかもしれない。
神様が、そういう場所になっている。
慧はすぐに言った。
「これは投票に出すな」
陸が顔を上げる。
「なんで」
「晒すに票が集まる」
「まだ分からない」
「分かる」
慧の声は強かった。
「この相談で晒すとか罰するに票が集まったら、また誰かがスクショを流す理由にする」
新は黙っていた。
杏も黙っていた。
咲は、相談文の「私も笑いました」のところを見ていた。
「この人は、裁かれたいのかな」
杏が顔を上げる。
「違うと思う。止めたいんだと思う」
「止めたい。逃げたい。許されたい。見つけてほしい」
咲は指で画面を軽く叩いた。
「たぶん、全部」
その言葉に、私は胸の奥が痛くなった。
全部。
人の相談は、いつもひとつではない。
止めたいだけではない。
逃げたいだけではない。
許されたいだけではない。
誰かに見つけてほしいだけでもない。
でも、投票はひとつを選ばせる。
赦す。
待つ。
晒す。
離れる。
罰する。
人のぐちゃぐちゃした気持ちを、五つの箱に入れる。
それが分かっているのに、私はもう投票文を考えていた。
慧は首を振った。
「出すなら、選択肢を変える」
陸が聞く。
「どう変える?」
「大人に相談する、グループから離れる、本人に伝えない形で止める、とか」
新が少し笑った。
「それ、投票伸びないよ」
慧が新を睨む。
「伸びなくていい」
「伸びないと見られない。見られないと意味がない」
新の言葉は、あまりにも自然に出た。
見られないと意味がない。
その瞬間、私は思った。
私たちは、いつから意味を数字で測るようになったんだろう。
陸が言った。
「基本選択肢は固定したほうがいい。毎回変えると比較できない」
「比較するな」
慧が言う。
「人の相談を」
陸は黙った。
でも、画面の中ではもう外部投票の下書きができていた。
【外部投票 #112】
匿名相談:
友人グループの鍵アカウントで、同じ学年の子の写真や噂が笑いものにされている。
相談者は最初笑っていたが、今は止めたい。
止めたら自分が標的になるのが怖い。
神様は、どう答えるべきですか。
□ 赦す
□ 待つ
□ 晒す
□ 離れる
□ 罰する
投票終了まで:60分
慧は反対した。
はっきり反対した。
でも、投票を出すかどうかも、内部多数決になった。
【内部投票/外部投票 #112 公開可否】
篠原新:賛成
加賀陸:賛成
望月杏:修正して賛成
桐谷咲:賛成
早川慧:反対
葉山澪:賛成
公開:可決
また、可決だった。
――外部投票は、18時に投稿された。
5分で、票が200を超えた。
10分で、1000を超えた。
返信欄が、今までより早く動いた。
【返信欄】
『鍵アカ晒せ』
『本人に教えてあげたほうがいい』
『見てただけなら共犯じゃん』
『最初笑ってたなら相談者も悪い』
『晒す一択』
『罰する、で』
『こういうのは痛い目見ないと止まらない』
『でも晒したら同じことになるのでは』
投票終了。
結果は、画面に表示された。
【投票結果 #112】
赦す:4%
待つ:7%
晒す:46%
離れる:18%
罰する:25%
晒すが一位。
罰するが二位。
赦すと待つは、ほとんど残っていなかった。
杏が手で口元を押さえた。
「こんなに」
慧は、もう驚かなかった。
ただ言った。
「採用しない」
陸は、ログを見ていた。
「でも、外部投票の結果は――」
「結果じゃない」
慧が言った。
「これは熱だ。責任のない熱だ」
責任のない熱。
その言葉が、私の胸に残った。
画面の中で、知らない人たちが押したボタン。
押した瞬間は、たぶん気持ちよかったのだと思う。
でも、何かが起きた時、その人たちは言える。
押しただけ。
みんなも押してた。
神様がどう答えるか聞かれたから。
本当に晒せとは言ってない。
私たちと同じだ。
私たちは、責任を薄める仕組みを外に広げただけだった。
新が私を見た。
「澪、文にするなら?」
その言葉で、慧が顔を上げた。
「するな」
私はスマホを握った。
するな。
その一言に従えばよかった。
でも、投票結果はもう出ている。
返信欄は動いている。
フォロワーは神様の言葉を待っている。
神様は、黙ることも意味になる。
私は、画面に指を置いた。
晒すとは書かない。
罰するとも書かない。
鍵アカとも、写真とも、噂とも書かない。
でも、届くように。
投票の熱を、神様の言葉にする。
それが私の役目。
私が選んだ役目。
『神様は言う――沈黙は共犯である』
打った瞬間、自分の体の中の音が止まった。
短い。
強い。
逃げ道がない。
慧がすぐに言った。
「だめだ」
杏は画面を見つめていた。
「でも、止めるには……必要かもしれない」
新は黙っている。
陸は、投票結果を見ている。
咲は、私を見ていた。
その目が、怖かった。
私が何をしているか、私より先に分かっているような目だった。
「澪」
慧が言った。
「それは、晒せって読まれる」
分かってる。
そう言えなかった。
言えば、投稿できなくなるから。
私は、投稿画面を開いた。
白い面のアイコン。
空欄。
点滅するカーソル。
『神様は言う――沈黙は共犯である』
私は、その文字を貼りつけた。
投稿ボタンは、いつもより小さく見えた。
押さなければいい。
ただ、それだけなのに。
私は押した。
【神様の声 @kamisama_no_koe_000】
『神様は言う――沈黙は共犯である』
19:08
返信 0 拡散 0 いいね 0
最初の返信は、10秒でついた。
『それな』
次に、
『黙って見てるやつも同罪』
その次に、
『神様、今日強い』
そして、
『見てるだけの人、聞いてる?』
通知が増えた。
返信。
拡散。
いいね。
引用。
白い面のアイコンが、夜のタイムラインを流れていく。
私はスマホを伏せなかった。
伏せる資格がない気がした。
杏が選んだ相談ではなかった。
陸が、フォームの中から拾った。
「これ、投票向きかもしれない」
慧が即座に眉をひそめた。
「投票向きって言い方、やめろ」
陸は画面を共有した。
【懺悔室/相談 #712】
呼び名:なし
年齢:未記入
『友達の鍵アカで、同じ学年の子の写真が勝手に加工されて笑われています。
最初は悪ノリだと思いました。
私も笑いました。
でも、最近ひどくなっています。
その子の失敗した動画や、変な顔の写真や、秘密っぽい噂まで流れています。
私は止められません。
止めたら、今度は私がターゲットになると思います。
でも、見ているだけなのも嫌です。
神様、私はどうしたらいいですか。』
私は、読みながら息が浅くなった。
鍵アカ。
写真。
加工。
笑う。
見ているだけ。
あの晒しの空気が、まだ体に残っている。
それなのに、似た形の相談がまた来る。
いや、似ているから来たのかもしれない。
神様が、そういう場所になっている。
慧はすぐに言った。
「これは投票に出すな」
陸が顔を上げる。
「なんで」
「晒すに票が集まる」
「まだ分からない」
「分かる」
慧の声は強かった。
「この相談で晒すとか罰するに票が集まったら、また誰かがスクショを流す理由にする」
新は黙っていた。
杏も黙っていた。
咲は、相談文の「私も笑いました」のところを見ていた。
「この人は、裁かれたいのかな」
杏が顔を上げる。
「違うと思う。止めたいんだと思う」
「止めたい。逃げたい。許されたい。見つけてほしい」
咲は指で画面を軽く叩いた。
「たぶん、全部」
その言葉に、私は胸の奥が痛くなった。
全部。
人の相談は、いつもひとつではない。
止めたいだけではない。
逃げたいだけではない。
許されたいだけではない。
誰かに見つけてほしいだけでもない。
でも、投票はひとつを選ばせる。
赦す。
待つ。
晒す。
離れる。
罰する。
人のぐちゃぐちゃした気持ちを、五つの箱に入れる。
それが分かっているのに、私はもう投票文を考えていた。
慧は首を振った。
「出すなら、選択肢を変える」
陸が聞く。
「どう変える?」
「大人に相談する、グループから離れる、本人に伝えない形で止める、とか」
新が少し笑った。
「それ、投票伸びないよ」
慧が新を睨む。
「伸びなくていい」
「伸びないと見られない。見られないと意味がない」
新の言葉は、あまりにも自然に出た。
見られないと意味がない。
その瞬間、私は思った。
私たちは、いつから意味を数字で測るようになったんだろう。
陸が言った。
「基本選択肢は固定したほうがいい。毎回変えると比較できない」
「比較するな」
慧が言う。
「人の相談を」
陸は黙った。
でも、画面の中ではもう外部投票の下書きができていた。
【外部投票 #112】
匿名相談:
友人グループの鍵アカウントで、同じ学年の子の写真や噂が笑いものにされている。
相談者は最初笑っていたが、今は止めたい。
止めたら自分が標的になるのが怖い。
神様は、どう答えるべきですか。
□ 赦す
□ 待つ
□ 晒す
□ 離れる
□ 罰する
投票終了まで:60分
慧は反対した。
はっきり反対した。
でも、投票を出すかどうかも、内部多数決になった。
【内部投票/外部投票 #112 公開可否】
篠原新:賛成
加賀陸:賛成
望月杏:修正して賛成
桐谷咲:賛成
早川慧:反対
葉山澪:賛成
公開:可決
また、可決だった。
――外部投票は、18時に投稿された。
5分で、票が200を超えた。
10分で、1000を超えた。
返信欄が、今までより早く動いた。
【返信欄】
『鍵アカ晒せ』
『本人に教えてあげたほうがいい』
『見てただけなら共犯じゃん』
『最初笑ってたなら相談者も悪い』
『晒す一択』
『罰する、で』
『こういうのは痛い目見ないと止まらない』
『でも晒したら同じことになるのでは』
投票終了。
結果は、画面に表示された。
【投票結果 #112】
赦す:4%
待つ:7%
晒す:46%
離れる:18%
罰する:25%
晒すが一位。
罰するが二位。
赦すと待つは、ほとんど残っていなかった。
杏が手で口元を押さえた。
「こんなに」
慧は、もう驚かなかった。
ただ言った。
「採用しない」
陸は、ログを見ていた。
「でも、外部投票の結果は――」
「結果じゃない」
慧が言った。
「これは熱だ。責任のない熱だ」
責任のない熱。
その言葉が、私の胸に残った。
画面の中で、知らない人たちが押したボタン。
押した瞬間は、たぶん気持ちよかったのだと思う。
でも、何かが起きた時、その人たちは言える。
押しただけ。
みんなも押してた。
神様がどう答えるか聞かれたから。
本当に晒せとは言ってない。
私たちと同じだ。
私たちは、責任を薄める仕組みを外に広げただけだった。
新が私を見た。
「澪、文にするなら?」
その言葉で、慧が顔を上げた。
「するな」
私はスマホを握った。
するな。
その一言に従えばよかった。
でも、投票結果はもう出ている。
返信欄は動いている。
フォロワーは神様の言葉を待っている。
神様は、黙ることも意味になる。
私は、画面に指を置いた。
晒すとは書かない。
罰するとも書かない。
鍵アカとも、写真とも、噂とも書かない。
でも、届くように。
投票の熱を、神様の言葉にする。
それが私の役目。
私が選んだ役目。
『神様は言う――沈黙は共犯である』
打った瞬間、自分の体の中の音が止まった。
短い。
強い。
逃げ道がない。
慧がすぐに言った。
「だめだ」
杏は画面を見つめていた。
「でも、止めるには……必要かもしれない」
新は黙っている。
陸は、投票結果を見ている。
咲は、私を見ていた。
その目が、怖かった。
私が何をしているか、私より先に分かっているような目だった。
「澪」
慧が言った。
「それは、晒せって読まれる」
分かってる。
そう言えなかった。
言えば、投稿できなくなるから。
私は、投稿画面を開いた。
白い面のアイコン。
空欄。
点滅するカーソル。
『神様は言う――沈黙は共犯である』
私は、その文字を貼りつけた。
投稿ボタンは、いつもより小さく見えた。
押さなければいい。
ただ、それだけなのに。
私は押した。
【神様の声 @kamisama_no_koe_000】
『神様は言う――沈黙は共犯である』
19:08
返信 0 拡散 0 いいね 0
最初の返信は、10秒でついた。
『それな』
次に、
『黙って見てるやつも同罪』
その次に、
『神様、今日強い』
そして、
『見てるだけの人、聞いてる?』
通知が増えた。
返信。
拡散。
いいね。
引用。
白い面のアイコンが、夜のタイムラインを流れていく。
私はスマホを伏せなかった。
伏せる資格がない気がした。



