神様は誰?

――放課後のファミレスは、いつもと同じ匂いがした。

ポテトの皿。
ドリンクバーのグラス。
陸のノートパソコン。
慧のメモ帳。
杏のスマホ。
新のパフェ。
咲の水。

いつもの並びだった。

でも、今日は誰も最初に冗談を言わなかった。

陸はノートパソコンを開いたまま、画面を見ていた。
慧は腕を組んでいる。
杏は目が赤かった。
咲は窓の外を見ている。
新はスプーンを持っていたけれど、パフェには触れていなかった。

私は、六人席の端に座った。

端なのに、真ん中にいるみたいだった。

「晒しの件」

慧が言った。

短い言葉だった。
でも、その一言だけで、テーブルの上が重くなる。

「投稿は消す。懺悔室は閉じる。神様の声は停止する」

新が顔を上げた。

「いきなり?」

「いきなりじゃない」

慧の声は硬かった。

「ずっと言ってた。危ないって」

「でも、あの晒しが神様のせいかどうかは分からない」

新が言った。

その言い方は、私の胸に少しだけ引っかかった。

分からない。

便利な言葉だ。

分からないなら、止めなくていい。
分からないなら、認めなくていい。
分からないなら、続けられる。

慧は言った。

「神様が理由に使われ始めている。これ以上は危険だ」

杏がスマホを両手で握った。

「私、三組の子と少し話した」

全員が杏を見る。

杏は視線を落としたまま続けた。

「晒された子、もう学校来たくないって。晒したって疑われてる子も、違うって言ってるけど、誰も信じてないって」

新が小さく舌打ちした。

「最悪じゃん」

「うん」

杏の声が震えた。

「最悪だよ」

沈黙。

その沈黙の中で、咲だけが水を飲んだ。

グラスを置く音が、小さく響いた。

「だから」

慧が言った。

「止める」

「でも」

新が言った。

その、でも、が出た瞬間、私は胸が冷たくなった。

また進む。

そう思った。

「でも、止めたら止めたで、今度は神様が逃げたって言われる」

新はスマホを開いた。

「見て」

【神様の声/返信欄】

『神様が黙ったら、あの人たちはまた笑う』

『悪いことした人が怖がるなら、それでいい』

『晒した人を責めるのは違う。沈黙してた周りも悪い』

『神様、次は何を言うの』

『黙らないで』

黙らないで。

その言葉を見るたびに、私の喉が詰まる。

私たちは神様じゃない。

でも、黙ることまで意味になってしまう。

「投稿文は澪が書いた」

新が言った。

その瞬間、私の指先が冷えた。

新はすぐに、しまった、という顔をした。

でも、言葉はもう出ていた。

投稿文は澪が書いた。

その通りだった。

私が整えた。
私が打った。
私が投稿した。

「新」

杏が小さく言った。

新は慌てて首を振った。

「違う。責めてるんじゃなくて、そうじゃなくて。僕ら、みんなで話したけど、最後に形にしたのは澪でしょ。だから、読む人からしたら、神様の言葉は澪の文で――」

「でも、みんなで決めた」

私の声が出た。

少し強かった。

自分でも驚いた。

テーブルの上の空気が止まる。

私は唇を噛んだ。
言ってから、胸がざわついた。

みんなで決めた。

その言葉は、私を守るために出た。
私が悪くないと言いたいから出た。

でも、同時に、みんなを巻き込む言葉でもあった。

陸が続ける。

「多数決で決めた」

彼の声は、いつもより硬かった。

慧は言った。

「俺は反対した。何度も」

杏が、そこで泣いた。

声を出して泣いたわけじゃない。
ただ、目から涙が落ちた。
ぽと、とテーブルに落ちたわけでもない。
頬を伝って、顎のところで止まった。

その涙を見た瞬間、私は何か言わなきゃと思った。

大丈夫。
杏のせいじゃない。
みんな悪かった。
一回落ち着こう。

空気を壊さない言葉なら、いくらでも浮かんだ。

でも、どれも嘘だった。

咲は、何も言わなかった。

ただ見ていた。

新が私を見て、陸を見て、慧を見て、それから杏を見た。

「じゃあ、誰が決めればいいんだよ」

誰も答えなかった。

その言葉は、怒りというより、疲れだった。

誰が決めるのか。

私たちはずっと、それから逃げてきた。

神様が決める。
ルールが決める。
多数決が決める。
ログが決める。
相談者が決める。
読んだ人が決める。

私たちじゃないものに、少しずつ渡してきた。

陸が、画面をこちらに向けた。

「だから、外に出す」

慧が顔を上げた。

「何を」

「判断を」

陸はキーボードを叩いた。

画面に、新しいフォームの下書きが開かれている。

「俺たち六人で決めるから、こうなる。澪が書いたとか、慧が反対したとか、俺が仕組み作ったとか、そういう話になる。だったら、相談への返答方針をフォロワーに聞く」

「は?」

慧の声が低くなる。

陸は続けた。

「相談内容を匿名化して、選択肢を出す。神様がどう答えるべきか、みんなに投票してもらう」

新が少し身を乗り出した。

「投票?」

「うん」

陸は画面に入力した。

【外部投票案/神様の声】

匿名相談を要約して投稿。
フォロワーが返答方針を投票。
選択肢:
赦す
待つ
晒す
離れる
罰する

投票結果をもとに、神様の言葉を作成。

「待て」

慧が言った。

「待て。今より悪くなる」

「なんで」

陸が聞く。

慧は画面を指した。

「晒す、罰するって選択肢を置いてる時点でおかしい」

「選択肢を見せるだけだよ。採用するかは――」

「採用する流れになる」

慧の声は強かった。

「投票ってそういうものだろ。みんなが選んだからって言い訳になる」

その言葉に、私は少しだけ目を伏せた。

言い訳になる。

それを、私は安心だと思ってしまった。

新が顎に手を当てた。

「でも、逆にさ。フォロワーが穏当なほうを選ぶ可能性もあるじゃん」

「お前、本気で言ってるのか」

「本気で言ってる。たぶん最初は、赦すとか待つとかになるよ。みんな自分ではいい人でいたいから」

咲が、そこで初めて口を開いた。

「自分がいい人でいたい人は、匿名だと罰を選ぶ」

新が咲を見る。

「何それ」

咲の声は、いつもと同じだった。

「自分の言葉じゃなくて投票なら、強いほうに押せる。押したあとで、みんなも押してるって思える」

慧が頷いた。

「その通りだ」

陸は少し苛立ったように言った。

「じゃあ、俺たちだけで決め続けるの? それでまた何か起きたら、今みたいに誰のせいかって言い合うの?」

杏が小さく息を吸った。

「神様の声を、みんなで聞く」

全員が杏を見る。

杏は、涙を拭きながら言った。

「そういう言い方なら、できるんじゃないかな。私たちだけが答えを出すんじゃなくて、みんなが、どう聞いたかを見る」

神様の声をみんなで聞く。

その言葉は、きれいだった。

きれいすぎた。

私の中で、すぐに投稿文の形になった。

『神様の声を、みんなで聞くために』

危ないと思った。
でも、届くと思った。

届くと思ってしまった。