――二日後の夜。
雨が降っていた。
窓の外で、車のタイヤが水を踏む音がしていた。
部屋の灯りを消しても、スマホの画面だけが白く光る。
私はベッドの上で、神様の声の管理シートを見ていた。
未対応は、減っていなかった。
減らしても、増える。
返しても、来る。
見ても、もっと見てと言われる。
その中に一件、新しいDMがあった。
【神様の声/DM】
送信者:雨音
時刻:23:41
『神様、供え物をします。
電子ギフトコード:********
二千円分です。
だから、私を見てください。
お願いです。
あの人を罰してください。
あの人は、私のことを笑いました。
私の秘密を、クラスの人に言いました。
でも、みんなの前ではいい人の顔をしています。
先生にも好かれています。
友達も多いです。
私だけが悪いみたいになっています。
私だけが泣いています。
あの人にも、私と同じ傷を知ってほしいです。
どうしたらいいですか。
神様、あの人を罰してください。』
二千円。
高額ではない。
でも、はっきりお金だった。
チョコでもカフェラテでもない。
気持ち、という言い方では隠しきれない金額だった。
そして、最後の一文。
――神様、あの人を罰してください。
私は、その文字を見たまま、指先が冷たくなるのを感じた。
すぐにグループチャットへ貼った。
葉山澪『これ、見て』
既読がつく。
早かった。
篠原新『うわ』
加賀陸『二千』
早川慧『却下』
慧の返事だけ、迷いがなかった。
早川慧『これは答えない。供え物も使わない。罰という言葉が出ている時点で危険。専門窓口か先生に相談するよう返す』
望月杏『でも、この子、もう限界だと思う』
早川慧『だから俺たちが返すべきじゃない』
望月杏『返さなかったら、もっと悪いことするかもしれない』
早川慧『返しても悪いことをするかもしれない』
その通りだった。
返さなくても危ない。
返しても危ない。
どちらも危ないなら、返すほうを選びたくなる。
何かした気になれるから。
望月杏『罰じゃなくて、止める言葉に変えよう』
私は、その一文を見た。
罰じゃなくて、止める言葉。
杏らしいと思った。
やさしいと思った。
同時に、危ないと思った。
罰という言葉を消しても、罰したい気持ちは消えない。
止める言葉に変えても、受け取る人がどう読むかは分からない。
篠原新『このまま無視したら、それこそ「神様は見てくれなかった」ってなる』
早川慧『神様じゃない』
篠原新『分かってる。でも向こうはそう思ってる』
桐谷咲『罰を求める人は、もう罰の形を考えてる』
その一文で、私は息を止めた。
もう考えてる。
雨音という人は、たぶんもう考えている。
どうやって相手に傷を知ってもらうか。
どうやって、同じ恥をかかせるか。
どうやって、みんなの前でいい人の顔を壊すか。
私たちの言葉は、それを止められるのか。
それとも、形を与えるのか。
分からなかった。
葉山澪『直接、罰とは言わない』
私は打った。
葉山澪『あの人を傷つけろとも言わない。自分の痛みを分かってもらうための言葉にする』
早川慧『投稿するな。DMで返せ』
篠原新『でもDMだとこの子だけへの返事になる。供え物した人だけ特別扱いみたいになる』
早川慧『もう特別扱いしてるだろ』
誰も返さなかった。
その沈黙で、私はまた、流れがどちらに向かっているのか分かった。
私の役目だ。
みんなの言葉を、神様の言葉にする。
私は打った。
葉山澪『神様は言う――傷つけた者は、自分の傷を知らなければならない』
打ってから、見つめた。
直接的な命令ではない。
誰かを晒せとは言っていない。
殴れとも、奪えとも、壊せとも言っていない。
ただ、知らなければならない。
でも、その言葉は、逃げ道が少なかった。
少しの間、誰も何も言わなかった。
篠原新『賛成』
加賀陸『神託っぽい! 賛成』
望月杏『罰じゃない。痛みを分かってってことだよね? 賛成』
早川慧『だめだ。反対』
慧の反対は、はっきりしていた。
早川慧『これを「思い知らせろ」と読む人がいる』
私は、画面を見た。
思い知らせろ。
その言葉を見た瞬間、胸が冷えた。
確かに、そう読める。
そう読めるから、怖い。
そう読めるから、届く。
私は、自分の中に浮かんだその感覚を、すぐに消したかった。
桐谷咲『余白がある』
早川慧『余白じゃない。穴だ』
篠原新『でも、じゃあ何て言う? 「何もしないで大人に相談して」って言ったら、この子たぶん読まないよ』
早川慧『読まなくても、危ない言葉を出すよりましだ』
望月杏『でも、この子に何もしないでって言ったら、また私だけが我慢するんだって思うかも』
早川慧『俺たちがそこまで背負うな』
望月杏『もう読んじゃった』
――もう読んじゃった。
それは、私たち全員のことだった。
もう読んでしまった。
もう知ってしまった。
もう雨音という名前を見てしまった。
もう二千円のコードを見てしまった。
もう、罰してください、という言葉に触れてしまった。
読まなかったことには、できない。
私は投稿した。
【神様の声 @kamisama_no_koe_000】
『神様は言う――傷つけた者は、自分の傷を知らなければならない』
00:12
返信 0 拡散 0 いいね 0
投稿した瞬間、体から力が抜けた。
終わった。
そう思った。
でも、終わったのは私の作業だけだった。
言葉は、そこから始まる。
返信はすぐについた。
『今日の神様、復讐止めてる?』
『いや、傷を知らせろってことでは』
『言葉で返せってこと?』
『神様、優しいけど怖い』
『傷つけたやつに傷を知ってほしいの分かる』
雨が降っていた。
窓の外で、車のタイヤが水を踏む音がしていた。
部屋の灯りを消しても、スマホの画面だけが白く光る。
私はベッドの上で、神様の声の管理シートを見ていた。
未対応は、減っていなかった。
減らしても、増える。
返しても、来る。
見ても、もっと見てと言われる。
その中に一件、新しいDMがあった。
【神様の声/DM】
送信者:雨音
時刻:23:41
『神様、供え物をします。
電子ギフトコード:********
二千円分です。
だから、私を見てください。
お願いです。
あの人を罰してください。
あの人は、私のことを笑いました。
私の秘密を、クラスの人に言いました。
でも、みんなの前ではいい人の顔をしています。
先生にも好かれています。
友達も多いです。
私だけが悪いみたいになっています。
私だけが泣いています。
あの人にも、私と同じ傷を知ってほしいです。
どうしたらいいですか。
神様、あの人を罰してください。』
二千円。
高額ではない。
でも、はっきりお金だった。
チョコでもカフェラテでもない。
気持ち、という言い方では隠しきれない金額だった。
そして、最後の一文。
――神様、あの人を罰してください。
私は、その文字を見たまま、指先が冷たくなるのを感じた。
すぐにグループチャットへ貼った。
葉山澪『これ、見て』
既読がつく。
早かった。
篠原新『うわ』
加賀陸『二千』
早川慧『却下』
慧の返事だけ、迷いがなかった。
早川慧『これは答えない。供え物も使わない。罰という言葉が出ている時点で危険。専門窓口か先生に相談するよう返す』
望月杏『でも、この子、もう限界だと思う』
早川慧『だから俺たちが返すべきじゃない』
望月杏『返さなかったら、もっと悪いことするかもしれない』
早川慧『返しても悪いことをするかもしれない』
その通りだった。
返さなくても危ない。
返しても危ない。
どちらも危ないなら、返すほうを選びたくなる。
何かした気になれるから。
望月杏『罰じゃなくて、止める言葉に変えよう』
私は、その一文を見た。
罰じゃなくて、止める言葉。
杏らしいと思った。
やさしいと思った。
同時に、危ないと思った。
罰という言葉を消しても、罰したい気持ちは消えない。
止める言葉に変えても、受け取る人がどう読むかは分からない。
篠原新『このまま無視したら、それこそ「神様は見てくれなかった」ってなる』
早川慧『神様じゃない』
篠原新『分かってる。でも向こうはそう思ってる』
桐谷咲『罰を求める人は、もう罰の形を考えてる』
その一文で、私は息を止めた。
もう考えてる。
雨音という人は、たぶんもう考えている。
どうやって相手に傷を知ってもらうか。
どうやって、同じ恥をかかせるか。
どうやって、みんなの前でいい人の顔を壊すか。
私たちの言葉は、それを止められるのか。
それとも、形を与えるのか。
分からなかった。
葉山澪『直接、罰とは言わない』
私は打った。
葉山澪『あの人を傷つけろとも言わない。自分の痛みを分かってもらうための言葉にする』
早川慧『投稿するな。DMで返せ』
篠原新『でもDMだとこの子だけへの返事になる。供え物した人だけ特別扱いみたいになる』
早川慧『もう特別扱いしてるだろ』
誰も返さなかった。
その沈黙で、私はまた、流れがどちらに向かっているのか分かった。
私の役目だ。
みんなの言葉を、神様の言葉にする。
私は打った。
葉山澪『神様は言う――傷つけた者は、自分の傷を知らなければならない』
打ってから、見つめた。
直接的な命令ではない。
誰かを晒せとは言っていない。
殴れとも、奪えとも、壊せとも言っていない。
ただ、知らなければならない。
でも、その言葉は、逃げ道が少なかった。
少しの間、誰も何も言わなかった。
篠原新『賛成』
加賀陸『神託っぽい! 賛成』
望月杏『罰じゃない。痛みを分かってってことだよね? 賛成』
早川慧『だめだ。反対』
慧の反対は、はっきりしていた。
早川慧『これを「思い知らせろ」と読む人がいる』
私は、画面を見た。
思い知らせろ。
その言葉を見た瞬間、胸が冷えた。
確かに、そう読める。
そう読めるから、怖い。
そう読めるから、届く。
私は、自分の中に浮かんだその感覚を、すぐに消したかった。
桐谷咲『余白がある』
早川慧『余白じゃない。穴だ』
篠原新『でも、じゃあ何て言う? 「何もしないで大人に相談して」って言ったら、この子たぶん読まないよ』
早川慧『読まなくても、危ない言葉を出すよりましだ』
望月杏『でも、この子に何もしないでって言ったら、また私だけが我慢するんだって思うかも』
早川慧『俺たちがそこまで背負うな』
望月杏『もう読んじゃった』
――もう読んじゃった。
それは、私たち全員のことだった。
もう読んでしまった。
もう知ってしまった。
もう雨音という名前を見てしまった。
もう二千円のコードを見てしまった。
もう、罰してください、という言葉に触れてしまった。
読まなかったことには、できない。
私は投稿した。
【神様の声 @kamisama_no_koe_000】
『神様は言う――傷つけた者は、自分の傷を知らなければならない』
00:12
返信 0 拡散 0 いいね 0
投稿した瞬間、体から力が抜けた。
終わった。
そう思った。
でも、終わったのは私の作業だけだった。
言葉は、そこから始まる。
返信はすぐについた。
『今日の神様、復讐止めてる?』
『いや、傷を知らせろってことでは』
『言葉で返せってこと?』
『神様、優しいけど怖い』
『傷つけたやつに傷を知ってほしいの分かる』



