神様は誰?

――ある金曜日の放課後、陸が新しい共有シートを作った。

「もう相談と懺悔と供え物が混ざってる。別々に管理しないと無理」

ファミレスの六人席で、陸はノートパソコンを開いた。

新は隣で画面を覗き込んでいた。
杏はDMを読んでいた。
慧は腕を組んでいた。
咲は水のグラスに指を添えていた。
私は、スマホを膝の上に置いたまま、画面を見ていた。

【共有シート/神様の声 管理】

受付ID
受付日時
種別
相談/懺悔内容要約
危険度
投稿利用可否
返信状況
供え物有無
供え物内容
コード使用状況
対応優先度
備考

「供え物内容って列、必要?」

慧が言った。

「必要」

陸は即答した。

「使わないなら、なおさら記録しないと。何が来て、どう返したか残す。あとで言った言わないになるから」

「対応優先度は?」

「危険度と未対応時間で決める。供え物とは関係ない」

「絶対だぞ」

「分かってるって」

陸の声が少し苛立っていた。

「俺だって、金もらって運用したいわけじゃない。ただ、増えてるんだよ。見えないままだともっと危ない」

増えてる。

その言葉だけは、誰も否定できなかった。

フォロワーは六万を超えていた。
未対応DMは120件。
懺悔室は一日で80件増えた。
供え物は、使っていないものも含めて11件。

11件。

まだ軽い。
まだ小さい。
まだ戻れる。

そう思いたかった。

でも、11件という数字は、もうゼロではない。

慧は、メモ帳を開いて言った。

「ルールを追加する」

新が小さくため息をつく。

「また?」

「また、じゃない。必要だから」

慧はペンを握った。

【早川慧のメモ/追加ルール案】

一、金銭、ギフトコード、物品等は受け取らない。
二、供え物の有無で返信、投稿、対応優先度を変えない。
三、供え物を促す表現を使わない。
四、供え物をした者を特別扱いしない。
五、供え物の内容は記録のみ。使用しない。
六、外部協力者に管理権限を渡さない。
七、神様を信じるよう促さない。

「六つ目、何?」

新が聞いた。

「オラクルみたいなまとめ垢が出てきたから」

慧は言った。

「まだ何も言ってきてないじゃん」

「言ってきてからじゃ遅い」

陸が少しだけ頷いた。

「まあ、権限は渡さない。そこは同意」

咲は、画面の中のシートを見ていた。

「七つ目は無理だと思う」

慧が咲を見る。

「どういう意味だ」

「促さなくても、信じる人は信じる」

「だから、せめて促さない」

咲は小さく頷いた。

「せめて、ね」

せめて。

その言葉が、ひどく小さく聞こえた。

私たちが最初に決めたルールも、せめて、だったのかもしれない。

個人名を出さない。
金銭を受け取らない。
命令しない。
一人で判断しない。

せめて。

でも、せめて、は、進むことを止めない。
ただ、進みながら少し安心するための言葉だった。

杏がDMを見ながら、ぽつりと言った。

「この人、昨日から3回送ってる」

「どれ?」

陸が画面を見た。

杏はスクリーンショットを貼った。

【神様の声/DM】

1回目
『神様、見てください』

2回目
『供え物はできません。でも見てほしいです』

3回目
『供え物がない人は、後回しですか』

杏の目が揺れていた。

「違うって言いたい」

「言えばいい」

慧が言った。

「でも、この人だけに返したら、それも優先したことにならない?」

杏の声は細かった。

慧は答えられなかった。

返しても、返さなくても、意味ができる。
見ることにも、見ないことにも、意味ができる。

神様という名前を使った瞬間から、沈黙まで神様のものになってしまった。

私は、それに気づいていた。
気づいていたのに、まだ何も言えなかった。

言えば、空気が壊れるから。

でも、空気はもう壊れていた。

壊れているのに、私たちは壊れていないふりをして、同じテーブルに座っているだけだった。

陸がシートの権限を設定していた。

「編集できるのは六人だけ。閲覧も六人だけ。リンク共有オフ」

「当然」

慧が言った。

「バックアップ取る?」

新が聞く。

「取る。消えたら困るし」

「消えたほうがいいものもある」

咲が言った。

陸は手を止めた。

「咲、それ本気?」

咲は少し考えてから言った。

「半分」

「半分って何だよ」

「消えたら困る。残ったら困る」

その言葉に、誰も笑わなかった。

ログは、私たちを守るかもしれない。
でも、ログは私たちを逃がさない。

どちらも正しい。

正しいことが二つある時、私たちはいつも、都合のいいほうを選んだ。

陸は結局、バックアップを取った。

「これでよし」

そう言って、シートを共有した。

「澪、見えてる?」

陸が聞いた。

「見えてる」

「変なとこあったら直して」

「うん」

私は返事をした。

変なところ。

どこも変だった。

でも、どこを直せばいいのか分からなかった。

新がシートを見ながら言った。

「これさ、神様運営部って感じだな」

慧が即座に顔をしかめた。

「その言い方やめろ」

杏が少しだけ笑った。

久しぶりに聞く杏の笑いだった。
疲れた笑い。
それでも、笑いは笑いだった。

その瞬間、少しだけ空気がゆるんだ。

いつもの六人に戻った気がした。

戻れるかもしれないと思った。

その時だった。

シートの右端に、新しい列が現れた。

誰かが、今、編集した。

列名は短かった。

「信仰度」

私は、カーソルが点滅しているその列を見た。

信仰度。

笑えるはずだった。

新なら「ゲームのステータスかよ」と言ったかもしれない。
陸なら「仮の分類名」と言ったかもしれない。
慧なら「ふざけるな」と削除したかもしれない。
杏なら「そんな言い方しないで」と眉を下げたかもしれない。

その列名の横に表示された編集者の名前は、桐谷咲だった。

咲は、私たちの反応を見ていなかった。

ただ、画面を見ていた。

「何これ」

慧が低い声で言った。

咲は顔を上げた。

「必要かと思って」

「必要?」

「供え物をした人。何度も見てほしいと送る人。白い面を持っていると言う人。神様を信じている人と、ただ相談している人は違う」

咲の声は、いつも通り淡々としていた。

「違うなら、分けたほうがいい」

陸が画面を見た。

「まあ……分類としては、分かる」

「分かるな」

慧が言った。

「これはだめだ。信仰度って何だ。人の気持ちに点数をつけるのか」

新は黙っていた。
杏も黙っていた。

私は、シートの右端を見続けていた。

信仰度。

その列は、まだ空欄だった。
数字も、文字も入っていない。
ただ名前だけがある。

でも、空欄だからこそ怖かった。

これから入れられるのだと思った。

低。
中。
高。

あるいは、一、二、三。
供え物あり。
白面所持。
反復DM。
神様発言あり。

そんな分類が、頭の中に勝手に浮かんだ。

私はそれを止められなかった。

止められない自分が、いちばん怖かった。

「澪?」

杏が私を呼んだ。

私は返事をしなかった。

画面の中の白い列を見ていた。

信仰度。

神様は、もう相談サービスではなかった。
遊びでも、ただのアカウントでも、六人の悪ノリでもなかった。

少なくとも、そう呼べるだけのものではなくなっていた。