――陸は、20分で懺悔室を作った。
早すぎると思った。
でも、陸にとってはそれくらい簡単なことらしかった。
【懺悔室/神様の声】
あなたの中にある、誰にも言えなかったことを書いてください。
個人名、学校名、住所、連絡先は書かないでください。
命に関わる内容、犯罪、緊急性のある内容には返信できません。
必要な場合は、信頼できる大人や専門機関に相談してください。
■ 呼び名(任意)
■ 年齢(任意)
■ 懺悔したいこと
■ 神様に聞きたいこと
■ この内容を、個人が特定されない形で投稿に使ってもよいですか
□ はい
□ 一部なら可
□ いいえ
■ 今すぐ危険がありますか
□ ない
□ ある
□ 分からない
送信ボタンの上に、陸が小さな注意書きを入れた。
『神様は、あなたの名前を必要としません。』
それを見て、新が笑った。
「いいじゃん。神様っぽい」
「個人情報を書かせないため」
陸が言った。
「神様っぽくしたわけじゃない」
「でも神様っぽい」
「うるさい」
私は、そのやりとりを聞きながら、フォームの説明文を見ていた。
『あなたの中にある、誰にも言えなかったことを書いてください。』
それは、優しい言葉の形をしていた。
でも同時に、扉のようにも見えた。
開けてください。
ここに入れてください。
こちら側に渡してください。
そう言っている。
「投稿で告知する?」
新が聞いた。
慧は少し間を置いてから言った。
「するなら、注意書きをそのまま載せる。煽らない」
「はいはい」
「篠原、本当に」
「分かってるって」
新は両手を上げた。
その手は軽かった。
軽く上げられる手だった。
私はスマホを開いた。
投稿文を作る。
相談が増えています。
フォームを作りました。
個人情報は書かないでください。
危険な内容には返せません。
それが正しい。
でも、それでは届かないと思ってしまった。
私は、短い文を打った。
『神様は言う――言えなかった罪を、この部屋で告白しなさい』
打ってから、息が止まった。
罪。
その言葉は強すぎる。
でも、懺悔室という名前を選んだ時点で、私たちはもうそこに来ていた。
慧は眉を寄せた。
「罪って言うな。相談者が自分を責めすぎる」
「じゃあ、罪じゃなくて」
私は慌てて消した。
言えなかったこと。
隠していたこと。
痛み。
どれも違う。
『神様は言う――言えなかった秘密を、この部屋で告白しなさい』
慧が、しばらく画面を見ていた。
「命令形だ」
「リンクの告知だし」
新が言う。
「それでも」
慧は言いかけて、言葉を止めた。
その沈黙を、私たちはまた賛成みたいに扱った。
投稿ボタンを押す時、指先が汗で滑った。
【神様の声 @kamisama_no_koe_000】
『神様は言う――言えなかった秘密を、この部屋で告白しなさい』
懺悔室はこちら。
※個人が特定される情報は書かないでください。
※緊急性のある内容には対応できません。
18:12
返信 3 拡散 11 いいね 46
最初の送信が来たのは、2分後だった。
早すぎると思った。
【懺悔室/送信ログ】
#001
送信時刻:18:14
呼び名:なし
年齢:17
懺悔したいこと:
『友達の悪口を、本人に聞こえるように言いました。わざとじゃないふりをしました。』
#002
送信時刻:18:16
呼び名:ミミ
年齢:16
懺悔したいこと:
『お母さんの財布から千円取りました。返したいけど、言ったら終わります。』
#003
送信時刻:18:19
呼び名:匿名
年齢:未記入
懺悔したいこと:
『好きな子の秘密を、別の友達に話しました。私が話したってバレてません。バレないでほしいです。でも、バレてほしい気もします。』
#004
送信時刻:18:21
呼び名:なし
年齢:15
懺悔したいこと:
『消したいトークがあります。消したのに、まだ頭に残っています。』
画面に、文字が増えていく。
人の秘密が、同じフォントで並んでいく。
千円。
悪口。
好きな子。
消したトーク。
違う痛みなのに、表の中では同じ高さの枠に収まっていた。
杏は#002を見て、目を潤ませていた。
「この子、千円でこんなに苦しんでるんだ」
「金額の問題じゃない」
慧が言った。
「うん」
杏は頷いた。
「分かってる。だから苦しい」
杏はしばらく画面を見ていた。
それから、震える声で言った。
「こんなこと、誰にも言えなかったんだ」
その声を聞いた瞬間、私は何かを許された気がしてしまった。
誰にも言えなかったことを、私たちは聞いている。
この子たちは、一人ではなくなった。
そう思えば、懺悔室は悪いものではない気がした。
私は、そう思いたかった。
咲は、私たちの顔を順番に見てから、静かに言った。
「人って、見られたいんだね」
その言葉に、私は反射的に顔を上げた。
「見られたい?」
杏が聞き返す。
咲は頷いた。
「隠したいのに、書く。知られたくないのに、送る。誰にも言えないって言いながら」
「それは、苦しいからだよ」
杏の声が少し強くなった。
「苦しいから、助けてほしいから」
「うん」
咲は、杏を責めるわけでもなく頷いた。
懺悔箱には、また新しい送信が来ていた。
#005。
#006。
#007。
白い面のアイコンの下で、人の秘密が積み上がっていく。
神様は知らない。
でも、私たちは知っている。
その事実が、背中に冷たい手を置いた。
早すぎると思った。
でも、陸にとってはそれくらい簡単なことらしかった。
【懺悔室/神様の声】
あなたの中にある、誰にも言えなかったことを書いてください。
個人名、学校名、住所、連絡先は書かないでください。
命に関わる内容、犯罪、緊急性のある内容には返信できません。
必要な場合は、信頼できる大人や専門機関に相談してください。
■ 呼び名(任意)
■ 年齢(任意)
■ 懺悔したいこと
■ 神様に聞きたいこと
■ この内容を、個人が特定されない形で投稿に使ってもよいですか
□ はい
□ 一部なら可
□ いいえ
■ 今すぐ危険がありますか
□ ない
□ ある
□ 分からない
送信ボタンの上に、陸が小さな注意書きを入れた。
『神様は、あなたの名前を必要としません。』
それを見て、新が笑った。
「いいじゃん。神様っぽい」
「個人情報を書かせないため」
陸が言った。
「神様っぽくしたわけじゃない」
「でも神様っぽい」
「うるさい」
私は、そのやりとりを聞きながら、フォームの説明文を見ていた。
『あなたの中にある、誰にも言えなかったことを書いてください。』
それは、優しい言葉の形をしていた。
でも同時に、扉のようにも見えた。
開けてください。
ここに入れてください。
こちら側に渡してください。
そう言っている。
「投稿で告知する?」
新が聞いた。
慧は少し間を置いてから言った。
「するなら、注意書きをそのまま載せる。煽らない」
「はいはい」
「篠原、本当に」
「分かってるって」
新は両手を上げた。
その手は軽かった。
軽く上げられる手だった。
私はスマホを開いた。
投稿文を作る。
相談が増えています。
フォームを作りました。
個人情報は書かないでください。
危険な内容には返せません。
それが正しい。
でも、それでは届かないと思ってしまった。
私は、短い文を打った。
『神様は言う――言えなかった罪を、この部屋で告白しなさい』
打ってから、息が止まった。
罪。
その言葉は強すぎる。
でも、懺悔室という名前を選んだ時点で、私たちはもうそこに来ていた。
慧は眉を寄せた。
「罪って言うな。相談者が自分を責めすぎる」
「じゃあ、罪じゃなくて」
私は慌てて消した。
言えなかったこと。
隠していたこと。
痛み。
どれも違う。
『神様は言う――言えなかった秘密を、この部屋で告白しなさい』
慧が、しばらく画面を見ていた。
「命令形だ」
「リンクの告知だし」
新が言う。
「それでも」
慧は言いかけて、言葉を止めた。
その沈黙を、私たちはまた賛成みたいに扱った。
投稿ボタンを押す時、指先が汗で滑った。
【神様の声 @kamisama_no_koe_000】
『神様は言う――言えなかった秘密を、この部屋で告白しなさい』
懺悔室はこちら。
※個人が特定される情報は書かないでください。
※緊急性のある内容には対応できません。
18:12
返信 3 拡散 11 いいね 46
最初の送信が来たのは、2分後だった。
早すぎると思った。
【懺悔室/送信ログ】
#001
送信時刻:18:14
呼び名:なし
年齢:17
懺悔したいこと:
『友達の悪口を、本人に聞こえるように言いました。わざとじゃないふりをしました。』
#002
送信時刻:18:16
呼び名:ミミ
年齢:16
懺悔したいこと:
『お母さんの財布から千円取りました。返したいけど、言ったら終わります。』
#003
送信時刻:18:19
呼び名:匿名
年齢:未記入
懺悔したいこと:
『好きな子の秘密を、別の友達に話しました。私が話したってバレてません。バレないでほしいです。でも、バレてほしい気もします。』
#004
送信時刻:18:21
呼び名:なし
年齢:15
懺悔したいこと:
『消したいトークがあります。消したのに、まだ頭に残っています。』
画面に、文字が増えていく。
人の秘密が、同じフォントで並んでいく。
千円。
悪口。
好きな子。
消したトーク。
違う痛みなのに、表の中では同じ高さの枠に収まっていた。
杏は#002を見て、目を潤ませていた。
「この子、千円でこんなに苦しんでるんだ」
「金額の問題じゃない」
慧が言った。
「うん」
杏は頷いた。
「分かってる。だから苦しい」
杏はしばらく画面を見ていた。
それから、震える声で言った。
「こんなこと、誰にも言えなかったんだ」
その声を聞いた瞬間、私は何かを許された気がしてしまった。
誰にも言えなかったことを、私たちは聞いている。
この子たちは、一人ではなくなった。
そう思えば、懺悔室は悪いものではない気がした。
私は、そう思いたかった。
咲は、私たちの顔を順番に見てから、静かに言った。
「人って、見られたいんだね」
その言葉に、私は反射的に顔を上げた。
「見られたい?」
杏が聞き返す。
咲は頷いた。
「隠したいのに、書く。知られたくないのに、送る。誰にも言えないって言いながら」
「それは、苦しいからだよ」
杏の声が少し強くなった。
「苦しいから、助けてほしいから」
「うん」
咲は、杏を責めるわけでもなく頷いた。
懺悔箱には、また新しい送信が来ていた。
#005。
#006。
#007。
白い面のアイコンの下で、人の秘密が積み上がっていく。
神様は知らない。
でも、私たちは知っている。
その事実が、背中に冷たい手を置いた。



