八重杜市の市街地から車を走らせて一時間。道は次第に細くなり、左右から迫り出すような深い木々に陽光が遮られていく。
二枝森村。かつての「贄森」と呼ばれていたらしい村――そして、『祝祭村からの脱出』も舞台であり、夜子が失踪した現場でもある、その村に到着したとき、真っ先に感じたのは、耳が痛くなるほどの静寂だった。
村の入り口にある古いバス停付近に車を止め、外に出る。
湿った土と、どこか焦げたような匂いが鼻をつく。あの火災から時間は経っているはずなのに、村全体にその記憶がこびりついているかのようだ。――いや、この匂い自体がわたしの気のせいにすぎないのかもしれない。
人影は全くない。
バス停の付近には民家もなく、人影どころか虫の鳴き声すらしない静寂の中で、私は自分でも驚くほどに落ち着いていた。何が起きたかわからない、祝祭の現場が近いというのに。もしかすると、夜子がどこか近くにいるかもしれないのに。
……まさか、そんなわけはないか。
私は、夜子の部屋にあったあのノベライズの断片を思い出しながら、村の中へと続く細い坂道を歩き始めた。
すると、前方の角から、ひとりの人物がゆっくりと歩いてくるのが見えた。
村の住民だろうか。
古びた灰色のブルゾンを着たその男は、私の存在に気づくと、ふっと足を止めた。
逆光で顔はよく見えない。だが、すれ違いざま、彼の腰のあたりでカチャリ、と硬質な音が響いた。
私は反射的にその手元に目をやった。
男が肩にかけている使い込まれたショルダーバッグに、揺れる小さな影。――月とウサギの柄の、キーホルダー。
「あなた、エンノ舎のオフィスにいた……?」
私がそう言うと、男は踵を返して村の中心部へと走っていってしまった。
「ま、待ってください! あなた誰ですか、何か知っているんですか!?」
私は彼を追いかけて走り出した。



