ノベライズ版「祝祭村からの脱出」にまつわる記録

 八重杜市内の古びたビジネスホテル。  
 窓の外には、街灯もまばらな地方都市の夜が広がっている。昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったこの街の、遠くに見える真っ暗な山影。あの闇のどこかに、かつて「贄森(にえもり)」と呼ばれ、今は二枝森村となっている場所があるはずだ。

 私は今、ホテルの狭いデスクに夜子の部屋から持ち出した資料と、ここまで必死に調べ上げたSNSのログ、そしてあの不気味なノベライズを広げ、指先の震えを抑えながらノートパソコンに情報をまとめている。  
 まとめればまとめるほど、状況がこんがらがってくる。

 イベント『祝祭村からの脱出』で起きた現実の悲劇。運営スタッフ、結城唯さんの焼死。公式発表では「演出用の火が建物に燃え移った不慮の事故」とされている。しかし、週刊誌のゲスな記事やネット上の告発は、もっと生々しく醜い「裏側」を突きつけてくる。しかし、週刊誌やネットの告発によれば、ディレクターの阿久津と結城さんの間には不倫関係があったとか。その上、エンノ舎は炎上商法を許容していたような節がある。

 それに加えて、二枝森村――「贄森村」の伝説の話もある。「五つの死」を捧げることで完成するという、古くから伝わる「神送り」の儀式。イベントのクライマックスで起きたあの火災と、結城唯さんの死。それは伝承にある「五番目の贄(火)」という役割と、残酷なまでに合致してしまっている。  
 これは、単にイベントのシナリオが贄森伝説をもとにしてできたというだけなのだろうか。

 それに、キャストや参加者の人選にまで、意図的に火種となるような人間関係を仕込んでいたという話がある。誰かが、あのイベントで惨劇が起きるように誘導していたのだろうか。

 考えれば考えるほど、あの祝祭村での火事は――もう、本当に事故だったのではないだろうか、という気がしてくる。

 だが、それよりも今の私を苛んでいるのは、夜子だ。的井夜子の行方については、もう本当に分からない。  
 参加者の証言によれば、彼女は車で帰ったとも、一人で山の方へ戻っていったとも言われている。あるいは、運営の闇を知りすぎて消されてしまったという物騒な噂まである。どれも一理あるようでいて、私の知っている夜子の性格を考えると、どれも全く信じられない。あんなに慎重で、それでいて好奇心の強い彼女が、何も言わずに私の前から消えるはずがない。

 夜子の部屋には、本来この世に存在するはずのない『ノベライズ版 祝祭村からの脱出』が残されていた。出版は中止され、リターンも届いていないはずの「完成品」だ。そして、その本に挟み込まれていた、作家「祝夜」に関する夜子の断片的なメモ。
 彼女は失踪する直前、何を突き止めようとしていたのか。

 ……情報を整理しようとすればするほど、自分自身の足元まで不安定になっていく。  モニターの青白い光が、深夜の客室で私の顔を不気味に照らしている。壁一枚隔てた隣の部屋の物音にさえ、過剰に反応してしまう。    

 明日は、実際に二枝森村を訪れる予定だ。  
 夜子が最後にいた場所に行けば、何かが変わるのだろうか。  
 彼女の足取りを、何としてでも掴みたい。