夜子の部屋で見つけた「存在しないはずのノベライズ」。その序章を読み終えたとき、私の背中を伝ったのは冷や汗ではなく、もっと粘り気のある、形容しがたい嫌悪感だった。
じっとしてはいられなかった。警察が動かないのなら、私が動くしかない。私は夜子の部屋を飛び出し、その足で千代田区にあるはずの「株式会社エンノ舎」の事務所へと向かった。
都心の喧騒に紛れた、築年数の経った雑居ビルの四階。
エレベーターを降りると、そこには不気味なほどの静寂が横たわっていた。
看板は、まだそこにあった。
――『株式会社エンノ舎』
スタイリッシュなフォントで書かれたその文字が、以前は「最先端のエンタメ」を象徴していたのだろうが、今はただ、放置された遺影のように見えた。
私は、震える指で呼び鈴を押し、続けてドアをノックした。 「すみません! 浅野と申します。どなたかいらっしゃいませんか!」
返事はない。私は半ば強引にドアノブを回した。驚いたことに、鍵はかかっていなかった。
「失礼します……」
一歩踏み出した先で、私は息を呑んだ。
そこは、文字通りの「もぬけの殻」だった。
デスクや椅子といった最低限の什器は残されていたが、パソコンやファイル、掲示されていたはずの企画案などは一切合切消え失せていた。それだけではない。まるで数年前から誰もいなかったかのように、床には埃が積もり、空調の止まった室内にはなんだか嫌なにおいが漂っていた。まるで、何かが焦げたような……。
部屋の隅に、一台だけシュレッダーが置かれていた。
その投入口には、裁断しきれなかった紙の端が、まるで誰かの舌のようにだらりと垂れ下がっている。私はそれを引き抜き、目を凝らした。
――『祝祭村からの脱出 完全版に関するお打合せ』
心臓が跳ねた。読み取れたのはミーティングのレジュメのようなそのA4コピー用紙のタイトルと、その下の数行だけだった。そこには、私の見間違いでなければ、参加者に「祝夜」と、そして的井夜子、と名前が記載されていた。
その時、ギィイ、とオフィスのドアが開く音がした。
「エンノ舎の方ですか? すみません、開いていたので勝手に入ってしまいました」
と言いながら後ろを振り返ると、扉を開けた人物は走っていってしまったようで、すでに誰もいなくなってしまっていた。誰だったのか知りたい、と思った私もあわてて外に出たが、扉を開けた主は非常階段を駆け下りているらしく、階段を下りるカンカンという音が古いビルの廊下に響いていた。
私が非常階段から下をのぞき込むと、そこにはフードをかぶり、ショルダーバッグをかけた男性らしいシルエットの人物が走り去っていくところだった。
そのショルダーバッグつけられているキーホルダーがやけに目についた。月とウサギの柄のキーホルダーだった。
じっとしてはいられなかった。警察が動かないのなら、私が動くしかない。私は夜子の部屋を飛び出し、その足で千代田区にあるはずの「株式会社エンノ舎」の事務所へと向かった。
都心の喧騒に紛れた、築年数の経った雑居ビルの四階。
エレベーターを降りると、そこには不気味なほどの静寂が横たわっていた。
看板は、まだそこにあった。
――『株式会社エンノ舎』
スタイリッシュなフォントで書かれたその文字が、以前は「最先端のエンタメ」を象徴していたのだろうが、今はただ、放置された遺影のように見えた。
私は、震える指で呼び鈴を押し、続けてドアをノックした。 「すみません! 浅野と申します。どなたかいらっしゃいませんか!」
返事はない。私は半ば強引にドアノブを回した。驚いたことに、鍵はかかっていなかった。
「失礼します……」
一歩踏み出した先で、私は息を呑んだ。
そこは、文字通りの「もぬけの殻」だった。
デスクや椅子といった最低限の什器は残されていたが、パソコンやファイル、掲示されていたはずの企画案などは一切合切消え失せていた。それだけではない。まるで数年前から誰もいなかったかのように、床には埃が積もり、空調の止まった室内にはなんだか嫌なにおいが漂っていた。まるで、何かが焦げたような……。
部屋の隅に、一台だけシュレッダーが置かれていた。
その投入口には、裁断しきれなかった紙の端が、まるで誰かの舌のようにだらりと垂れ下がっている。私はそれを引き抜き、目を凝らした。
――『祝祭村からの脱出 完全版に関するお打合せ』
心臓が跳ねた。読み取れたのはミーティングのレジュメのようなそのA4コピー用紙のタイトルと、その下の数行だけだった。そこには、私の見間違いでなければ、参加者に「祝夜」と、そして的井夜子、と名前が記載されていた。
その時、ギィイ、とオフィスのドアが開く音がした。
「エンノ舎の方ですか? すみません、開いていたので勝手に入ってしまいました」
と言いながら後ろを振り返ると、扉を開けた人物は走っていってしまったようで、すでに誰もいなくなってしまっていた。誰だったのか知りたい、と思った私もあわてて外に出たが、扉を開けた主は非常階段を駆け下りているらしく、階段を下りるカンカンという音が古いビルの廊下に響いていた。
私が非常階段から下をのぞき込むと、そこにはフードをかぶり、ショルダーバッグをかけた男性らしいシルエットの人物が走り去っていくところだった。
そのショルダーバッグつけられているキーホルダーがやけに目についた。月とウサギの柄のキーホルダーだった。



