俺の口上に清春が少し戸惑いつつも、声を張り上げた。
「丁です!」
「では俺は半だ」
俺はさっきとは逆の手で黒い筒の上部に手を滑らせる。清春に向き直り、視線を合わせた。
清春が俺を見つめ返し、ぐっと両手を膝の上で握りしめた。
「最上部に出た目が一、三、五の半ならば俺の勝ち。二、四、六の丁ならばお前の勝ちだ。……いいな?」
「はい」
「――勝負」
俺は口上と共にゆっくりと黒い筒を開く。最上部に現れていたのは――五の目だった。
「え……っ!?」
途端に清春の顔がサッと青ざめる。
バランスを崩した拍子に、畳に後ろ向きに手を付いた。
「ゴの半。俺の勝ちだ」
「ど、どうして……」
「……どうして、とは」
清春が発した言葉に、俺は確信した。
「どうしてイカサマを仕込んだのに負けたのか、と。その認識で合っているか?」
清春が目を見開く。その頬に、一筋の冷や汗が伝った。
俺は筒を机に置いてサイコロを手に取った。そして、清春にその赤い一の面を向ける。
その、少しだけ塗装の禿げた一の面を。
「このダイスは一の面が下になり、六の面が上に来るように中に釘が仕込まれている。……そうだろう?」
丁半博打における古典的なイカサマでもある。
一の目をくり抜いて中に釘を仕込んで重心を変え、六の面しか出ないダイスを作り上げる。
一の面の釘に赤い塗装を施してしまえば見分けも付かないだろう。
「手に持った時、一の面に重心が傾いている事は気づいていた。清春、これはイカサマダイスだろう?」
俺の問いかけに、清春がびくりと肩を竦ませる。
俺がサイコロを放ると、あまり机に転がらずに”六”の面が最上部になった。
「そう、です。……申し訳ございません。ユヅル様」
「……やはりな」
「ゆ、ユヅル様。何をなさったのですか?たまたま別の面が出るなんてありえません!だって今までは、一度も……っ」
「そういった事は、あまり大きい声で言わない方が良い」
金銭が賭かっていないとはいえ、賭け事ならばイカサマは歓迎されるものではない。
清春が言葉に詰まると、青ざめた顔のまま俺を見上げた。
「で、でも!どうしてさっきはダイスの目が六にならなかったんですか?ユヅル様、何をして……」
「大した事はしていない。そのダイスに仕込まれていた物が、金属製の釘だから出来た事だ」
俺は実戦でダイスを振った方の手を掲げた。その手に持った懐中時計のコンパスの針が、頭上の間接照明の光を受けて煌めく。
「それは、先ほど見ていた懐中時計の……針?」
「そうだ。俺の持つ懐中時計は表面で時間を、裏面で方角を確認する事が出来る。要は、磁力を持ったコンパスの針が埋め込まれているのだ。筒の外からこの針を押し当て、釘入りのサイコロをこの針にくっつく様に低く投げ入れて固定させた」
「そ、そんな……あの一瞬で?」
「このダイスは一の目が横に来る時、最上面は三か五の半だ。お前は六が上になると思い込んでいるから、”半”と宣言さえすれば勝てる遊戯に変えさせて貰った」
俺は裏側の外装を開けてコンパスの針を戻し、懐中時計を懐に戻した。
清春が、畳に手をついて項垂れる。
「……完敗です。陥れようとして本当に、申し訳ありませんでした……」
「清春」
「ヒ……ッ!?」
俺が手を伸ばすと、清春が頭を覆う様に手を顔の前で交差させた。俺はその手をすり抜けて、清春の肩に手を置いた。
「悪かった」
「……え?」
ゆっくりと肩を撫でれば、清春が跳ねさせていた肩を徐々に下す。
恐怖で揺れる清春の目を至近距離で見つめる。
「ゆ、ユヅル様……?怒って、いないのですか?」
「良くない事だとは思う。だがお前は、イカサマをしてでも俺を東に戻したかったんだろう?」
「っ……!?」
それ程東の状況が悪いというなら、清春を頭ごなしに糾弾するべきでは無い。
俺の故郷に関わる話だからな。
「だが、賭けは俺の勝ちだ。話してくれないか?斉明寺 百華についてと……東の国で、何が起こっているのかを」
「……はい。全てお伝えします」
清春が居住まいを正すと、俺に両手を伸ばした。
着物の裾がめくれ、閉じられている眼球が生えた腕が露になる。サトリの持つ、身体的特徴の一つだ。
「ユヅル様、僕の両手を掴んて目を閉じてください。貴方の脳内に、四家の集う会談の様子を直接流し込みます」
「分かった」
「その……貴方様にとってはあまり、気分の良いものではありませんが」
「いい、気にするな」
俺は手を伸ばして清春の両手を握り締めると、すっと瞳を伏せた。
その瞬間、脳裏に鮮明な色の付いた映像が浮かび上がった――。
◇
洋風の室内の中央の赤い円卓を取り囲むように、東西南北の四家当主が席に着いている。その中には、澄華様の父親であり現斉明寺当主の昭仁様の姿もあった。
昭仁様が蓄えたあごひげに手をやり、意地が悪そうな笑みを浮かべる。
「――いやあ、うちの領地は何の問題もありますまい。西は繁栄の一途を辿っておりますよ。時に東の壬生殿。貴殿の領地はずいぶん前から長雨による不作に悩まされているとお聞きしますが、改善の兆しはあるので?」
「一部では、龍神様のお怒りだと言われている……そうではありませんか」
「……」
昭仁様の隣に腰掛けるのは、顔を黒いヴェールで覆った南の当主だった。一切の肌を見せず、手元すら長い袖に包まれた姿では男女の区別さえつかない。
「……おや。だんまりでは分かりませんよ、東の。……そうそう、北の。最近ご結婚なされたとか」
「ああ。おかげで今は新婚の身だ。東の地より高名な巫女を賜れたからな」
北の当主の華やかな低音が耳に届く。
少し癖がかった深紅の髪の隙間から覗く額からは漆黒の角が生え、純金の様な輝きを纏う黄金色の瞳は薄暗い空間の中でも一際煌めている。
北を統べる鬼神、暁 志皇。
彼が話すだけで他家の領主達は自然と口を閉じる。以前は西と東が生産の要を担っていたが、豊かな作物が取れる北の地は、今やどこよりも過ごしやすい地になりつつある。
「感謝しているよ、東の……壬生 結次殿?」
志皇殿がちらりと視線を投げると、見知った銀髪に澄んだ空色の瞳が見えた。
不機嫌を露にするように眇められた大きな瞳は、別れた時の面影を色濃く残している。
壬生 結次。それは東の現当主であり、俺の実の弟だ。
「結次……」
「僕は承服しておりませんけどね。あんなものは誘拐と変わらない」
俺の呟きが映像の結次の声にかき消される。
その高めの声も、尊大な態度も、あの頃と瓜二つだ。
「弟君は随分と酷い言い草だな。不作続きの東に北の地から食料を大量に移出してやっているというのに、感謝状の一つも寄越さないとは随分な朴念仁だ」
「……その節は、大変お世話になっております」
忌々し気に眉を寄せながら結次が志皇殿に視線を送る。それを、志皇殿が余裕ありげな微笑みで返す。
「お前も当主ならばもう少し外面に気を遣うべきだな。——かつて実権を握っていたお前の兄君は、まだまともな男だった筈だが」
「僕に兄なんていない」
結次が志皇殿を睨みつける。何故か俺自身も射抜かれているような、そんな気にさせられる鋭い視線だ。
結次が口の端を吊り上げて、俺を卑下するように眉根を下げる。
「あれは亡き母がどこぞの妖との間に成した不義の子です。それでも情けをかけて家に置いてやったのに、事もあろうがあいつは病床に伏せていた父を殺した極悪人ですよ?」
その言葉に、俺は目を見開きそうになるのを堪えた。思わず、清春を握る手に力が籠る。
内から湧き出てくる怒りを押さえつけるように、ぐっと唇を噛んだ。
「そんな愚図に肩入れするなど、北の当主の慧眼には恐れ入りますね。あの男は西の徒花楼で一生醜悪な妖や成金の相手をするのがお似合いなんですよ。あんな醜悪な犯罪者と半分でも血が繋がっているだなんて、考えるだけでもおぞましい」
「……そうか」
志皇殿が金色の目を細め、はっと短く一笑した。
「あの男を見て本気でそんな事を言っているのなら、お前の方こそ類稀なる慧眼だな」
「なんだと?妖の分際で……っ!」
「近況報告はもういいな?俺はそろそろ失礼する。――我が領地で、妻が待っているからな」
志皇殿が立ち上がる。その言葉に異を唱える者はいなかった。
志皇殿が瞳を三日月型に細めて他家を一瞥すると、目の覚めるような鮮やかな赤髪をばさりと靡かせながら踵を返した。
それを最後に、暗転して映像が途切れる。
目を開けた俺の視界に飛び込んできたのは、清春の腕に埋め込まれた見開かれた瞳だった。清春と揃いの青の眼と目が合ったが、それはすぐに閉じられた。
俺は清春の手を離し、俺を見て居住まいを正した。
「これで、以上になります」
「まさか東の地は……長雨が、まだ止んでいないのか?」
「一時的に止む事はありますが快晴は……数年、拝んでおりません」
「……そう、か」
東西南北各地には各地の祀るべき神がいて、東の壬生領は龍神様を祀っている。
水と雨を司る龍神様には言い伝えが残されている。
——長雨が続くのは龍神様のお怒りだ。津波が来るのは龍神様の祟りだ、と。
それ故に長雨は東では不吉なものとされている。
俺が東の地にいる時は雨は降って欲しい時に適量降る、まさしく神の恵みに等しかった。それが、今では雨続きとは。
「ユヅル様が居なくなってからです。東の地の長雨が止まなくなったのは」
「俺の追放に、龍神様がお怒りだとでも?」
「そうに違いありません!僕は信じております!ユヅル様は決して、肉親を殺害するようなお方ではありません!」
「清春……」
清春の言葉で、あの日の無念が少し晴れた様な気がした。
一瞬、脳裏にざあざあと降り注ぐ霧雨が過る。……あの日の霧雨など、思い出したくも無い。
俺は知らぬ内に額に浮かび上がっていた汗を拭うと清春に向き直り、その青い瞳を正面から受け止めた。
「……お前の苦労も思いの強さも、よく分かった」
「ユヅル様……」
「心配をかけて悪かった。……いずれ、東には向かうつもりだ」
「その言葉が聞けただけで……僕は、嬉しいです」
「お前のような者に慕われるのならば、俺が東に居たのも無駄ではなかったな。……ありがとう。追放されてなお、俺を気にかけてくれて」
俺は立ち上がり、清春に一礼した。
「とっ、とんでもないです!顔を上げてください!」
「だか、今はこの西の地を離れるわけにはいかない。……少しの間、待っていてくれ」
「……はい」
清春も立ち上がり、俺の耳元に唇を寄せた。
「ではもう一つ、斉明寺 百華についてお伝えします。――百華は、元徒花楼の小間使いです」
「何?」
「昭仁殿と徒花楼の遊女との間に出来た娘です。澄華様と半分血が繋がっているというのは、間違いありません」
「……」
「外面は天女の様な可憐な少女で通っております。徒花楼での働き分も申し分なかったそうですが、あの方はどこか……底知れぬ雰囲気を醸し出しております。ユヅル様、斉明寺 百華にはお気を付け下さい」
「分かった」
清春が俺から体を離す。
俺は懐から懐中時計を取り出して時間を確認すると、顔を上げた。
「すまないがそろそろ戻らせて貰う。有益な情報感謝する、清春」
「……とんでもありません。賭けは、俺の負けですので」
清春に軽く会釈をして踵を返す。煙管から漂う煙を搔い潜りながら、毒々しい赤に彩られる遊戯場を後にした。
深夜が迫っている。そろそろお嬢様と合流しなくては。そう思いながら廊下に出ると、見知った栗色の髪の少女が闇の濃い廊下を迷いのない足取りで進んで行くのが見えた。
狐の面を被っているが見間違いようがない。あの短さの髪と背格好は――。
「……百華、様?」
To Be Continued……
「丁です!」
「では俺は半だ」
俺はさっきとは逆の手で黒い筒の上部に手を滑らせる。清春に向き直り、視線を合わせた。
清春が俺を見つめ返し、ぐっと両手を膝の上で握りしめた。
「最上部に出た目が一、三、五の半ならば俺の勝ち。二、四、六の丁ならばお前の勝ちだ。……いいな?」
「はい」
「――勝負」
俺は口上と共にゆっくりと黒い筒を開く。最上部に現れていたのは――五の目だった。
「え……っ!?」
途端に清春の顔がサッと青ざめる。
バランスを崩した拍子に、畳に後ろ向きに手を付いた。
「ゴの半。俺の勝ちだ」
「ど、どうして……」
「……どうして、とは」
清春が発した言葉に、俺は確信した。
「どうしてイカサマを仕込んだのに負けたのか、と。その認識で合っているか?」
清春が目を見開く。その頬に、一筋の冷や汗が伝った。
俺は筒を机に置いてサイコロを手に取った。そして、清春にその赤い一の面を向ける。
その、少しだけ塗装の禿げた一の面を。
「このダイスは一の面が下になり、六の面が上に来るように中に釘が仕込まれている。……そうだろう?」
丁半博打における古典的なイカサマでもある。
一の目をくり抜いて中に釘を仕込んで重心を変え、六の面しか出ないダイスを作り上げる。
一の面の釘に赤い塗装を施してしまえば見分けも付かないだろう。
「手に持った時、一の面に重心が傾いている事は気づいていた。清春、これはイカサマダイスだろう?」
俺の問いかけに、清春がびくりと肩を竦ませる。
俺がサイコロを放ると、あまり机に転がらずに”六”の面が最上部になった。
「そう、です。……申し訳ございません。ユヅル様」
「……やはりな」
「ゆ、ユヅル様。何をなさったのですか?たまたま別の面が出るなんてありえません!だって今までは、一度も……っ」
「そういった事は、あまり大きい声で言わない方が良い」
金銭が賭かっていないとはいえ、賭け事ならばイカサマは歓迎されるものではない。
清春が言葉に詰まると、青ざめた顔のまま俺を見上げた。
「で、でも!どうしてさっきはダイスの目が六にならなかったんですか?ユヅル様、何をして……」
「大した事はしていない。そのダイスに仕込まれていた物が、金属製の釘だから出来た事だ」
俺は実戦でダイスを振った方の手を掲げた。その手に持った懐中時計のコンパスの針が、頭上の間接照明の光を受けて煌めく。
「それは、先ほど見ていた懐中時計の……針?」
「そうだ。俺の持つ懐中時計は表面で時間を、裏面で方角を確認する事が出来る。要は、磁力を持ったコンパスの針が埋め込まれているのだ。筒の外からこの針を押し当て、釘入りのサイコロをこの針にくっつく様に低く投げ入れて固定させた」
「そ、そんな……あの一瞬で?」
「このダイスは一の目が横に来る時、最上面は三か五の半だ。お前は六が上になると思い込んでいるから、”半”と宣言さえすれば勝てる遊戯に変えさせて貰った」
俺は裏側の外装を開けてコンパスの針を戻し、懐中時計を懐に戻した。
清春が、畳に手をついて項垂れる。
「……完敗です。陥れようとして本当に、申し訳ありませんでした……」
「清春」
「ヒ……ッ!?」
俺が手を伸ばすと、清春が頭を覆う様に手を顔の前で交差させた。俺はその手をすり抜けて、清春の肩に手を置いた。
「悪かった」
「……え?」
ゆっくりと肩を撫でれば、清春が跳ねさせていた肩を徐々に下す。
恐怖で揺れる清春の目を至近距離で見つめる。
「ゆ、ユヅル様……?怒って、いないのですか?」
「良くない事だとは思う。だがお前は、イカサマをしてでも俺を東に戻したかったんだろう?」
「っ……!?」
それ程東の状況が悪いというなら、清春を頭ごなしに糾弾するべきでは無い。
俺の故郷に関わる話だからな。
「だが、賭けは俺の勝ちだ。話してくれないか?斉明寺 百華についてと……東の国で、何が起こっているのかを」
「……はい。全てお伝えします」
清春が居住まいを正すと、俺に両手を伸ばした。
着物の裾がめくれ、閉じられている眼球が生えた腕が露になる。サトリの持つ、身体的特徴の一つだ。
「ユヅル様、僕の両手を掴んて目を閉じてください。貴方の脳内に、四家の集う会談の様子を直接流し込みます」
「分かった」
「その……貴方様にとってはあまり、気分の良いものではありませんが」
「いい、気にするな」
俺は手を伸ばして清春の両手を握り締めると、すっと瞳を伏せた。
その瞬間、脳裏に鮮明な色の付いた映像が浮かび上がった――。
◇
洋風の室内の中央の赤い円卓を取り囲むように、東西南北の四家当主が席に着いている。その中には、澄華様の父親であり現斉明寺当主の昭仁様の姿もあった。
昭仁様が蓄えたあごひげに手をやり、意地が悪そうな笑みを浮かべる。
「――いやあ、うちの領地は何の問題もありますまい。西は繁栄の一途を辿っておりますよ。時に東の壬生殿。貴殿の領地はずいぶん前から長雨による不作に悩まされているとお聞きしますが、改善の兆しはあるので?」
「一部では、龍神様のお怒りだと言われている……そうではありませんか」
「……」
昭仁様の隣に腰掛けるのは、顔を黒いヴェールで覆った南の当主だった。一切の肌を見せず、手元すら長い袖に包まれた姿では男女の区別さえつかない。
「……おや。だんまりでは分かりませんよ、東の。……そうそう、北の。最近ご結婚なされたとか」
「ああ。おかげで今は新婚の身だ。東の地より高名な巫女を賜れたからな」
北の当主の華やかな低音が耳に届く。
少し癖がかった深紅の髪の隙間から覗く額からは漆黒の角が生え、純金の様な輝きを纏う黄金色の瞳は薄暗い空間の中でも一際煌めている。
北を統べる鬼神、暁 志皇。
彼が話すだけで他家の領主達は自然と口を閉じる。以前は西と東が生産の要を担っていたが、豊かな作物が取れる北の地は、今やどこよりも過ごしやすい地になりつつある。
「感謝しているよ、東の……壬生 結次殿?」
志皇殿がちらりと視線を投げると、見知った銀髪に澄んだ空色の瞳が見えた。
不機嫌を露にするように眇められた大きな瞳は、別れた時の面影を色濃く残している。
壬生 結次。それは東の現当主であり、俺の実の弟だ。
「結次……」
「僕は承服しておりませんけどね。あんなものは誘拐と変わらない」
俺の呟きが映像の結次の声にかき消される。
その高めの声も、尊大な態度も、あの頃と瓜二つだ。
「弟君は随分と酷い言い草だな。不作続きの東に北の地から食料を大量に移出してやっているというのに、感謝状の一つも寄越さないとは随分な朴念仁だ」
「……その節は、大変お世話になっております」
忌々し気に眉を寄せながら結次が志皇殿に視線を送る。それを、志皇殿が余裕ありげな微笑みで返す。
「お前も当主ならばもう少し外面に気を遣うべきだな。——かつて実権を握っていたお前の兄君は、まだまともな男だった筈だが」
「僕に兄なんていない」
結次が志皇殿を睨みつける。何故か俺自身も射抜かれているような、そんな気にさせられる鋭い視線だ。
結次が口の端を吊り上げて、俺を卑下するように眉根を下げる。
「あれは亡き母がどこぞの妖との間に成した不義の子です。それでも情けをかけて家に置いてやったのに、事もあろうがあいつは病床に伏せていた父を殺した極悪人ですよ?」
その言葉に、俺は目を見開きそうになるのを堪えた。思わず、清春を握る手に力が籠る。
内から湧き出てくる怒りを押さえつけるように、ぐっと唇を噛んだ。
「そんな愚図に肩入れするなど、北の当主の慧眼には恐れ入りますね。あの男は西の徒花楼で一生醜悪な妖や成金の相手をするのがお似合いなんですよ。あんな醜悪な犯罪者と半分でも血が繋がっているだなんて、考えるだけでもおぞましい」
「……そうか」
志皇殿が金色の目を細め、はっと短く一笑した。
「あの男を見て本気でそんな事を言っているのなら、お前の方こそ類稀なる慧眼だな」
「なんだと?妖の分際で……っ!」
「近況報告はもういいな?俺はそろそろ失礼する。――我が領地で、妻が待っているからな」
志皇殿が立ち上がる。その言葉に異を唱える者はいなかった。
志皇殿が瞳を三日月型に細めて他家を一瞥すると、目の覚めるような鮮やかな赤髪をばさりと靡かせながら踵を返した。
それを最後に、暗転して映像が途切れる。
目を開けた俺の視界に飛び込んできたのは、清春の腕に埋め込まれた見開かれた瞳だった。清春と揃いの青の眼と目が合ったが、それはすぐに閉じられた。
俺は清春の手を離し、俺を見て居住まいを正した。
「これで、以上になります」
「まさか東の地は……長雨が、まだ止んでいないのか?」
「一時的に止む事はありますが快晴は……数年、拝んでおりません」
「……そう、か」
東西南北各地には各地の祀るべき神がいて、東の壬生領は龍神様を祀っている。
水と雨を司る龍神様には言い伝えが残されている。
——長雨が続くのは龍神様のお怒りだ。津波が来るのは龍神様の祟りだ、と。
それ故に長雨は東では不吉なものとされている。
俺が東の地にいる時は雨は降って欲しい時に適量降る、まさしく神の恵みに等しかった。それが、今では雨続きとは。
「ユヅル様が居なくなってからです。東の地の長雨が止まなくなったのは」
「俺の追放に、龍神様がお怒りだとでも?」
「そうに違いありません!僕は信じております!ユヅル様は決して、肉親を殺害するようなお方ではありません!」
「清春……」
清春の言葉で、あの日の無念が少し晴れた様な気がした。
一瞬、脳裏にざあざあと降り注ぐ霧雨が過る。……あの日の霧雨など、思い出したくも無い。
俺は知らぬ内に額に浮かび上がっていた汗を拭うと清春に向き直り、その青い瞳を正面から受け止めた。
「……お前の苦労も思いの強さも、よく分かった」
「ユヅル様……」
「心配をかけて悪かった。……いずれ、東には向かうつもりだ」
「その言葉が聞けただけで……僕は、嬉しいです」
「お前のような者に慕われるのならば、俺が東に居たのも無駄ではなかったな。……ありがとう。追放されてなお、俺を気にかけてくれて」
俺は立ち上がり、清春に一礼した。
「とっ、とんでもないです!顔を上げてください!」
「だか、今はこの西の地を離れるわけにはいかない。……少しの間、待っていてくれ」
「……はい」
清春も立ち上がり、俺の耳元に唇を寄せた。
「ではもう一つ、斉明寺 百華についてお伝えします。――百華は、元徒花楼の小間使いです」
「何?」
「昭仁殿と徒花楼の遊女との間に出来た娘です。澄華様と半分血が繋がっているというのは、間違いありません」
「……」
「外面は天女の様な可憐な少女で通っております。徒花楼での働き分も申し分なかったそうですが、あの方はどこか……底知れぬ雰囲気を醸し出しております。ユヅル様、斉明寺 百華にはお気を付け下さい」
「分かった」
清春が俺から体を離す。
俺は懐から懐中時計を取り出して時間を確認すると、顔を上げた。
「すまないがそろそろ戻らせて貰う。有益な情報感謝する、清春」
「……とんでもありません。賭けは、俺の負けですので」
清春に軽く会釈をして踵を返す。煙管から漂う煙を搔い潜りながら、毒々しい赤に彩られる遊戯場を後にした。
深夜が迫っている。そろそろお嬢様と合流しなくては。そう思いながら廊下に出ると、見知った栗色の髪の少女が闇の濃い廊下を迷いのない足取りで進んで行くのが見えた。
狐の面を被っているが見間違いようがない。あの短さの髪と背格好は――。
「……百華、様?」
To Be Continued……



