【悪女の勅命】

「き、君以外に誰が……っ!」

食ってかかる夏生を、表情を消しながら目を見開いて視界に収める。
夏生の傍に寄ると、懐から扇子を取り出して夏生の顎先に差し込んで顔を上向かせる。

「この”華族たる斉明寺家の嫡子である私に向かって”暴言を吐いたと、そのような認識で良いのかと聞いているのよ」
「ひっ……!」

夏生の顔が分かりやすく引きつって青ざめる。

「で、でも……!さっきのは、いくらなんでも……」
「聴こえなくってよ」
「……っ……!」

どんどん声が細くなり、夏生は口を引き結んで黙り込んだ。ほらやっぱり何も言えなくなる。本当に――小さい男。
私は扇子を離し、空いている方の手に当ててパシッと音を鳴らした。

「お二人共、公衆の面前で堂々と抱き合う程仲がよろしいなら、お二人でハーブティーの片付けでもなさってはいかが?私は興が削がれたからもう帰らせて頂くわ。行くわよ、ユヅル」
「はい、お嬢様」
「あっ、待って!ユヅルさん!」

百華が立ち上がって、ユヅルのすぐ傍まで駆け寄る。そして、両手を組んでユヅルを上目遣いで見つめた。

「ねえユヅルさん。ユヅルさんってダンスが凄くお上手なんですよね?使用人の方にお聞きしました」
「いえ、それ程でもございません」
「私、ダンスなんて踊った事が無いから自信が無いんです。でも、華族になったからには社交パーティーでのダンスは欠かせないでしょう?だから……今度、付きっきりで私に教えて下さいませんか?」
「お言葉ですが……ッ」

私はユヅルの紫色のネクタイを引っ張って強引に引き寄せながら、百華を睨みつけた。
なんなのこの女は。無礼にも程があるわ。

「貴方には優秀な専属の使用人が大勢居るでしょう?――これ以上、まだ何かお望みかしら?」
「ご、ごめんなさいお義姉様。……でも、あたし」
「斉明寺の性を名乗るのならばそんな一人称は即刻辞めなさい。みっともなくってよ」
「お義姉様、どうしたんですか……?そんな掴み方をしてはユヅルさんが可哀そうですよ」

百華が私の剣幕にたじろぐ。
その後ろで、夏生が癖がかった髪をばさりと後ろに払いのけた。

「ははっ、まるで主人と犬みたいじゃないか。汚らわしい半妖にはお似合いだ」

夏生が私達の元に近寄ると、値踏みする様にユヅルを見下ろした。

「全く。どこの出身か知らないが、半妖がダンスなんて踊れる訳が無いだろう?ん?」
「……」
「おいっ!僕を無視するとはどういう了見だ無礼者!」
「……申し訳ありません、夏生様。おっしゃる通り、俺は澄華様専属の犬で構いません」

ユヅルが私の手をそっと解いて恭しく片膝を折る。
そして、私の手を取って手の甲にそっと唇を落とした。ちらりと髪の隙間から覗く金色の瞳で、夏生を見上げる。

「ですので、お嬢様以外の方に仕えるつもりはございません。百華様のダンスの相手も辞退させて頂きます」
「なっ!なんだと貴様!」
「ゆ、ユヅルさん……っ!?」

慌てふためく様が少し滑稽で、私は扇子を開いて緩みそうな口元を隠した。

「あら申し訳ありません。私の監督不行き届けですわ」

私も膝を折って、するりとユヅルの顎下に手を滑らせて顔を上げさせる。
そのまま、瞳を細めて百華を視界に収めた。

「貴女にユヅルは勿体無いわ。彼は私の専属ですので、不必要に構うのはやめて頂けるかしら?」
「そ、そんな……」
「行くわよユヅル。こんな大勢では休まりませんもの」
「仰せのままに」

立ち上がったユヅルが一礼すると、東屋の隅に置かれていた白いレースの日傘を私に差す。後ろから何か非難するような声が聞こえたけれど、聞こえないふりをしてそのまま優雅に庭園から踵を返した。
私は美しい庭園の風景と天高く上る太陽を見上げる。

「日差しが強いわね」

ちらりとユヅルを見る。
私に日傘の全てを差し出したユヅルの銀髪と真白の肌が、日の光を反射して輝いている。

「もう少し寄りなさい。肩まで一緒に入って良くってよ」
「いえ、俺の事はお気になさらず」
「私が良いと言ったのだから、寄りなさい」
「……お心遣い、痛み入ります」

別にそんな事くらいなんでも無いわ。
二人で寄り添って緑豊かな庭園を歩く。少ししてから、私は小さく口を開いた。

「……私は、そこまで思っていないわよ?」
「何の事でしょうか?」
「だから、私は貴方の事を犬だなんて思っていないわ。貴方は誇りある斉明寺家の専属執事よ」

ユヅルが軽く目を見開くと、そっと私との距離を詰める。
日に透ける銀糸と蜂蜜色の瞳が、甘やかに私を見つめた。

「……何かおかしいかしら?」
「いいえ。お優しいのですね、俺のお嬢様は」

もう、どうしてそんなに嬉しそうなのかしら。……私、自分の専属執事には優しくってよ。
そのまま二人で少し庭園を散策して、日が傾き始めた頃に二人で自室に戻った。



自室の扉の前まで来ると、ユヅルがピクリと眉を寄せた。次いで、扉から私をかばうように手を横に伸ばす。

「お下がりくださいお嬢様。中から妖の気配がします」
「なんですって?」

この斉明寺家の外壁は妖魔を退ける護符が張られている。悪意を持った妖が侵入出来るとは思えないわ。

「……開けて頂戴」
「畏まりました」

ユヅルが扉に背を預け、後ろ手で金色のノブを回す。
キィィっと開場された扉の隙間からぶわりと夜風が舞い込む。私の紫紺の髪が舞い上がり、思わず手で片目を覆った。

「斉明寺のお嬢様あ、執事様あ。ご機嫌麗しゅう」
「あら」

間延びした妖艶な声に合点がいった。……あの一族なら、確かに屋敷内に侵入出来るわね。
私と同じく中の妖の正体に感づいたユヅルが、扉を大きく開放した。
私室の窓が開かれ、そこに一人の女性が腰掛けている。
夜風に長い髪を遊ばせ、片目を幾つもの文で覆い隠した艶姿の女の妖怪――文車妖妃(ふぐるまようひ)だ。
見えている方の瞳孔が窄まった瞳が三日月形に細められる。窓の桟からひらりと降りると、恭しく私の前で首を垂れた。

「貴方方に招待状が届いておりまぁす」

長い爪の隙間から差し出されたのは、黒い封筒に金箔の刺繍が施された手紙。
文車妖妃は文を運ぶ事を生業とする妖怪だから、妖魔の護符程度は反応せずにすり抜けてしまう。
ただし、文車一族が届ける文は普通の郵送とは訳が違う。”不幸の文専門”の配達妖怪なのだ。

「あら、また私に何か不幸が降りかかるのかしら?」
「いいえ~。こちらはれっきとした、夜会の招待状でございます」

私達が手紙を受け取ると、文車妖妃は長い爪を十二単の裾に隠してうっそりとほほ笑んだ。

「確かに人間様からのご依頼は不幸を呼ぶ物しか受け付けておりませんが、半妖や妖はその限りではありません。……しかとお渡ししましたのでぇ、私はこれで」

文車妖妃はくるりと踵を返すと、夜空に溶け消えるように窓から去っていった。
夜風が吹き込む窓をユヅルが手早く閉める。
ちらりと視線を送ると、ユヅルの手にも私と同じ封筒が渡っていた。ユヅルが僅かに眉をひそめる。

「あら、貴方も同じ招待状を?」
「……その様、ですね。夜会などという華やかな場に、招待されるような身分ではありませんが」
「良いじゃない。向こう様が招待して下さるのだから。貴方も偶には羽を伸ばしなさい」
「……お心遣い、痛み入ります」

そのまま手紙の宛名に視線を落とすと、そこに記された文字に軽く目を見開いた。

「……極楽蓮華(ごくらくれんげ)?」

極楽蓮華。それは西一番の遊郭の名称。
漆黒に金の招待状は、極楽蓮華が秘密裏に開催する――夜会の招待状だった。

To Be Continued……