「どうしてここに……!?つ、捕まえて下さい!脱走者です!!」
あたしは弾かれる様に立ち上がって、後ろに控える使用人達に命令する。
使用人達は押しかけて来た澄華とユヅルさんの元へ戸惑いながらにじり寄る。使用人達が距離を詰めた瞬間、澄華が視線だけでそれを制した。
「私に触れるな、無礼者共」
「ヒッ!も、申し訳ありません……っ!」
使用人達は澄華に睨まれただけで委縮して、部屋の端から動かなくなった。ちょっと!給料分の働きくらいちゃんとしなさいよ!
そもそも、なんでこの女がここに居るの?ユヅルさんまで綺麗な格好をして……なんで二人揃って、この家に来られたのよ!?
「お、お義姉様?徒花楼は……?」
「出獄出来ましたの。皆々様のおかげでね」
その言葉に、あたしは思わず公務机を両手で叩いて身を乗り出した。
積み上がった書類が、ばさばさと音を立てて部屋に舞い散る。
「そんな筈が無いわ!だってお義姉様は最高額だったのよ!?華族でもない限りあんな額、払える訳が……!」
「ええ本当に、私は良縁に恵まれているわね」
澄華がすっと半身をずらしてユヅルさんを見る。
ユヅルさんは上等な紺色の和装に身を包んでいる。その艶のある銀髪は歩くたびにさらりと揺れて、長いまつげに彩られた金色の瞳は太陽光を閉じ込めたような繊細な輝きを宿している。
なんなの、この神々しさすら感じる容姿は。
「俺は、東の壬生家嫡男の華族でございます」
「ゆ、ユヅルさんが……?」
「はい。冤罪で徒花楼に投獄されていた所を、澄華様に助けられました。その際に澄華様に名を与えられ、身分を隠してここに勤めておりました」
「う、うそ……」
確かに公務の補佐も出来て、使用人にしては所作も優雅だと思っていたけれど……そこまで高位の人だったの?
……待って。”東”の、華族?
「あ、あの、ユヅルさん。少し前にお父様と夏生さんが東の牢獄に連行されてしまったのだけど、あれって、もしかして……」
「ええ。俺が命じました」
「ひ……っ、酷いです!!どうしてそんな事を!」
「あの者共の所業は許しがたい犯罪です。西の地には置いてはおけないと、そう判断しました」
「そ、そんな……っ!」
「百華」
澄華が足元に落ちた書類を指先で摘み、ざっと目を通すとあたしを睨みつけた。
「なんなのこれは。期日すら守られていないじゃない。……斉明寺領のこの惨状はどういう事かしら?」
「お父様も夏生さんも居ないんですよ!?公務なんて私の仕事ではありません!」
「元より公務の大部分はほぼ私一人で担っていたから、あの俗物共にどうにか出来るなんて思っていなかったけれど。……百華様、貴女は公務に携わる気はないという事?」
じろりと睨めつけられれば、あたしの頭にカッと血が上る。
なんなの!?どいつもこいつも、なんであたしに公務をやらせようとするの!?
「だって、やり方が分からないんですもの!お父様も夏生さんも、女のあたしは公務なんてしなくてもいいって言ってくれたもの!」
「公務に携わるのに男も女も関係ありませんわ。……では貴女がした事は、私を陥れた事だけなのね」
その言葉にぎくりとする。でも、それを気取られないように着物の裾で口元を覆った。
「な、何の事ですか?お義姉様が徒花楼に投獄されたのは、全てお義姉様の身から出た錆で……」
「社交パーティーのがしゃどくろは、貴女が徒花楼から出獄させたのでしょう?」
「そんな事していません!言うに事欠いて私に冤罪をかけるなんてひどい!」
「冤罪ではありません」
私の言葉を、ユヅルさんの涼やかな声が遮る。
その言葉に背筋がうすら寒くなる。だって、ユヅルさんとは一度、極楽蓮華の夜会で出会ってしまったから。
ユヅルさんは懐から一冊の帳簿を取り出す。それは、無くしたと思っていた斉明寺家のお金の管理が記されていた帳簿だった。
「これは斉明寺家の帳簿です。この家の資金繰りに疑問を感じて調べておりましたが、斉明寺家の政治資金が昭仁様名義で持ち出され、夜会の直前にも貴女の署名で大金が引き下ろされています。そして、それらの資金は以降返って来ておりません」
「っ……!?」
「夜会の日にがしゃどくろが何者かの手引きで出獄したと、徒花楼の守衛より裏は取れています。百華様。これほどの大金を、貴女は何に使用したのですか?」
「そ、それは……っ」
「まだ使用していないと言うのならば、今ここでその金を全て出して下さい」
「…………」
あたしは口元を引くつかせて黙り込む事しか出来なかった。
だってそのお金は、がしゃどくろを出獄させるのに全てつぎ込んでしまったから。
「俺は見ました。徒花楼へ続く廊下を進んで行った貴女の姿を。結界の封を破ってまで、貴女は徒花楼で何をしようとしていたのですか?」
ユヅルさんの窄まった瞳孔を宿した瞳が細められる。まるで大蛇に睨まれた様な錯覚が頭を駆け巡り、あたしはたまらず叫び声を上げて払拭した。
「ご、誤解ですっ!!あの時は、たまたま迷ってしまったのです!……それにっ、封なんて誰かが悪さをして破いたのではありませんか?あの夜会には妖や半妖も居たと聞きますし、そういう存在って何をしでかすか分からないでしょう?」
澄華が使用人に書類を手渡し、見せつける様にさらりと紫紺の髪をかき上げた。
「ああ、言い忘れていたわ。あの封はね、妖が悪さをしないように妖力を跳ね除ける物なの。だから、解除出来るのは高い霊力を持った”人間”に限られるのよ」
「そっ、それはだって!霊力の高いお義姉様ががしゃどくろを手引きしたからで――」
「お生憎様。あの日の私はがしゃどくろを出獄させるほどの大金なんて持っていませんし、あの日不慮の事故で面が割れてしまった私は、早い段階で皆様に周知された状態で夜会に参加していたの。私が徒花楼になど近寄っていない事は、あの日会場にいた方々が証言して下さいますわ」
な、なんですって!?
どうして仮面を外してしまうのよ!それじゃあ罪を擦り付けられないじゃない!
「貴女はどうかしら?結一郎さん以外にも、栗色の髪の女性を徒花楼に続く廊下の近くで見たと何人かが証言していてよ」
「ちがっ……っ。私は、そんな事……!」
「これだけの状況証拠が揃っていて、まだ自分じゃないと言い張るおつもりかしら」
呼吸が浅くなって目の前の澄華達の姿が波打つように揺れる。瞳をぐらぐらとさ迷わせると、居心地悪そうに床を見つめる使用達に目が行った。そうだ!まだこいつらが居たわ。
あたしは笑みを浮かべ、声を張って使用人達に言い放った。
「ねえ皆さん!皆さんは私の味方ですよね?私はそんな事していないって、証言してくださいますよねえ!?」
「…………」
使用人達は俯いてガタガタと震えるばかりで、あたしの顔を見ようとしない。
地蔵の様に黙り込んであたしの声に応えない。――たかが、使用人の分際で。
「な、何とか言いなさいよっ!?今の貴方達の雇い主は誰だと思っているの!?」
「あら、可憐な天女様の仮面が外れかかっているではありませんの。……ねえ、百華」
「……っ!?」
頬に手を当てて蠱惑的に微笑む澄華を睨みつける。
そんな余裕そうな姿を見るだけで、腸が煮えくり返りそうになる。
澄華がちらりと顔面蒼白で黙りこくる使用人達に視線を送る。
「先に言っておくけれど、今更私の味方をした所で無駄でしてよ。――総出でユヅルを甚振ってきた貴方達をこの家に置き続ける気なんて、更々ありませんわ」
澄華が威厳に満ちた高圧的な声を上げる。その瞬間、使用人達が地に両手と両膝を付けて口を開き始めた。
「も、申し訳ございませんでした!ユヅル様!!」
「お許しください澄華様!!」
「私共が間違っておりました!どうか、どうか訴えないで下さい!」
「沙汰は追って伝えるわ。全員、この場から出ていきなさい」
「す、澄華様!どうか、どうかご容赦を……!!」
「二度は言わないわ」
「……もっ、申し訳ありません!!」
使用人達が床に頭を擦り付けると、波が引くように一斉に執務室から退室していった。
あたしと澄華とユヅルさん。三人しか居なくなった執務室に静寂が落ちる。
……何?これは一体何?
理解が追い付かなくて、あたしは目を見開いてその場に立ち尽く事しか出来ない。
どうしてみんなあの女の肩を持つの?
……なんで、あたしの周りからは皆居なくなるの?
風が窓に叩きつけ、木の柵がガタガタと音を立てて揺れる。澄華が、静かな声を発した。
「ねえ百華。何故天狐様はここまでお怒りなの?」
「そ、そんなの知らな……っ」
「年に一度の御神楽舞のしきたりはどうしたの?……まさか、それすら怠ったとでも言うの?」
「違います!私はちゃんと行いました!……でも!風が止まないのです!!」
あたしがそう叫んだ瞬間、澄華が長いまつげに縁取られた目を細めてあたしを見下ろした。
藤色の、感情の宿さない冷めた目で。
「——では、天狐様も貴女をお認めではないのね?」
心臓がどくどくと嫌な音を立てる。
その目をやめて。嫌な記憶が、思い出したくない記憶が溢れ出しそうになる。
澄華が顎先に指を押し当て、艶やかな唇で冷たく言い放った。
「お可哀そう」
それを言われた瞬間、目の前の澄華と記憶の中の幼い澄華の言葉が重なった。
『お可哀そう』
それは、あたしが一番大嫌いな……許せない言葉だった。
ブツ、とあたしの中で中で何かが切れた。
「なによ」
掠れた呟きが木製の床に落ちる。
ふつふつと湧き上がる澄華への憎悪が、あたしの口を蠢かせる。
「あんた、またあたしを憐れむの……?」
「何の話かしら?」
「あたしは失われた物を取り返しただけよっ!!」
あたしの絶叫が三人だけの室内に響き渡る。
叫び声を上げるあたしとは対照的に、澄華の冷めた目元に影が出来る。その涼やかな眉が、ピクリと跳ねた。
「認めるの?」
「そうよ!全部あたしがやったのよ!!あたしがあんたを破滅させた――斉明寺家の本当の娘よ」
あたしは自分の胸に手を当てて艶然と微笑む。
執務室のシャンデリアが、あたしの爛々と輝く瞳に光を送る。
「ねえあんた、あたしのこと覚えてた?」
「……」
「覚えてないでしょうね。あんたはそういう奴よ」
忘れもしない。
あたしとあんたは幼い時に徒花楼で出会った。あの時のあたしはまだ、年端もいかない小間使いだったんだから――。
To Be Continued……
あたしは弾かれる様に立ち上がって、後ろに控える使用人達に命令する。
使用人達は押しかけて来た澄華とユヅルさんの元へ戸惑いながらにじり寄る。使用人達が距離を詰めた瞬間、澄華が視線だけでそれを制した。
「私に触れるな、無礼者共」
「ヒッ!も、申し訳ありません……っ!」
使用人達は澄華に睨まれただけで委縮して、部屋の端から動かなくなった。ちょっと!給料分の働きくらいちゃんとしなさいよ!
そもそも、なんでこの女がここに居るの?ユヅルさんまで綺麗な格好をして……なんで二人揃って、この家に来られたのよ!?
「お、お義姉様?徒花楼は……?」
「出獄出来ましたの。皆々様のおかげでね」
その言葉に、あたしは思わず公務机を両手で叩いて身を乗り出した。
積み上がった書類が、ばさばさと音を立てて部屋に舞い散る。
「そんな筈が無いわ!だってお義姉様は最高額だったのよ!?華族でもない限りあんな額、払える訳が……!」
「ええ本当に、私は良縁に恵まれているわね」
澄華がすっと半身をずらしてユヅルさんを見る。
ユヅルさんは上等な紺色の和装に身を包んでいる。その艶のある銀髪は歩くたびにさらりと揺れて、長いまつげに彩られた金色の瞳は太陽光を閉じ込めたような繊細な輝きを宿している。
なんなの、この神々しさすら感じる容姿は。
「俺は、東の壬生家嫡男の華族でございます」
「ゆ、ユヅルさんが……?」
「はい。冤罪で徒花楼に投獄されていた所を、澄華様に助けられました。その際に澄華様に名を与えられ、身分を隠してここに勤めておりました」
「う、うそ……」
確かに公務の補佐も出来て、使用人にしては所作も優雅だと思っていたけれど……そこまで高位の人だったの?
……待って。”東”の、華族?
「あ、あの、ユヅルさん。少し前にお父様と夏生さんが東の牢獄に連行されてしまったのだけど、あれって、もしかして……」
「ええ。俺が命じました」
「ひ……っ、酷いです!!どうしてそんな事を!」
「あの者共の所業は許しがたい犯罪です。西の地には置いてはおけないと、そう判断しました」
「そ、そんな……っ!」
「百華」
澄華が足元に落ちた書類を指先で摘み、ざっと目を通すとあたしを睨みつけた。
「なんなのこれは。期日すら守られていないじゃない。……斉明寺領のこの惨状はどういう事かしら?」
「お父様も夏生さんも居ないんですよ!?公務なんて私の仕事ではありません!」
「元より公務の大部分はほぼ私一人で担っていたから、あの俗物共にどうにか出来るなんて思っていなかったけれど。……百華様、貴女は公務に携わる気はないという事?」
じろりと睨めつけられれば、あたしの頭にカッと血が上る。
なんなの!?どいつもこいつも、なんであたしに公務をやらせようとするの!?
「だって、やり方が分からないんですもの!お父様も夏生さんも、女のあたしは公務なんてしなくてもいいって言ってくれたもの!」
「公務に携わるのに男も女も関係ありませんわ。……では貴女がした事は、私を陥れた事だけなのね」
その言葉にぎくりとする。でも、それを気取られないように着物の裾で口元を覆った。
「な、何の事ですか?お義姉様が徒花楼に投獄されたのは、全てお義姉様の身から出た錆で……」
「社交パーティーのがしゃどくろは、貴女が徒花楼から出獄させたのでしょう?」
「そんな事していません!言うに事欠いて私に冤罪をかけるなんてひどい!」
「冤罪ではありません」
私の言葉を、ユヅルさんの涼やかな声が遮る。
その言葉に背筋がうすら寒くなる。だって、ユヅルさんとは一度、極楽蓮華の夜会で出会ってしまったから。
ユヅルさんは懐から一冊の帳簿を取り出す。それは、無くしたと思っていた斉明寺家のお金の管理が記されていた帳簿だった。
「これは斉明寺家の帳簿です。この家の資金繰りに疑問を感じて調べておりましたが、斉明寺家の政治資金が昭仁様名義で持ち出され、夜会の直前にも貴女の署名で大金が引き下ろされています。そして、それらの資金は以降返って来ておりません」
「っ……!?」
「夜会の日にがしゃどくろが何者かの手引きで出獄したと、徒花楼の守衛より裏は取れています。百華様。これほどの大金を、貴女は何に使用したのですか?」
「そ、それは……っ」
「まだ使用していないと言うのならば、今ここでその金を全て出して下さい」
「…………」
あたしは口元を引くつかせて黙り込む事しか出来なかった。
だってそのお金は、がしゃどくろを出獄させるのに全てつぎ込んでしまったから。
「俺は見ました。徒花楼へ続く廊下を進んで行った貴女の姿を。結界の封を破ってまで、貴女は徒花楼で何をしようとしていたのですか?」
ユヅルさんの窄まった瞳孔を宿した瞳が細められる。まるで大蛇に睨まれた様な錯覚が頭を駆け巡り、あたしはたまらず叫び声を上げて払拭した。
「ご、誤解ですっ!!あの時は、たまたま迷ってしまったのです!……それにっ、封なんて誰かが悪さをして破いたのではありませんか?あの夜会には妖や半妖も居たと聞きますし、そういう存在って何をしでかすか分からないでしょう?」
澄華が使用人に書類を手渡し、見せつける様にさらりと紫紺の髪をかき上げた。
「ああ、言い忘れていたわ。あの封はね、妖が悪さをしないように妖力を跳ね除ける物なの。だから、解除出来るのは高い霊力を持った”人間”に限られるのよ」
「そっ、それはだって!霊力の高いお義姉様ががしゃどくろを手引きしたからで――」
「お生憎様。あの日の私はがしゃどくろを出獄させるほどの大金なんて持っていませんし、あの日不慮の事故で面が割れてしまった私は、早い段階で皆様に周知された状態で夜会に参加していたの。私が徒花楼になど近寄っていない事は、あの日会場にいた方々が証言して下さいますわ」
な、なんですって!?
どうして仮面を外してしまうのよ!それじゃあ罪を擦り付けられないじゃない!
「貴女はどうかしら?結一郎さん以外にも、栗色の髪の女性を徒花楼に続く廊下の近くで見たと何人かが証言していてよ」
「ちがっ……っ。私は、そんな事……!」
「これだけの状況証拠が揃っていて、まだ自分じゃないと言い張るおつもりかしら」
呼吸が浅くなって目の前の澄華達の姿が波打つように揺れる。瞳をぐらぐらとさ迷わせると、居心地悪そうに床を見つめる使用達に目が行った。そうだ!まだこいつらが居たわ。
あたしは笑みを浮かべ、声を張って使用人達に言い放った。
「ねえ皆さん!皆さんは私の味方ですよね?私はそんな事していないって、証言してくださいますよねえ!?」
「…………」
使用人達は俯いてガタガタと震えるばかりで、あたしの顔を見ようとしない。
地蔵の様に黙り込んであたしの声に応えない。――たかが、使用人の分際で。
「な、何とか言いなさいよっ!?今の貴方達の雇い主は誰だと思っているの!?」
「あら、可憐な天女様の仮面が外れかかっているではありませんの。……ねえ、百華」
「……っ!?」
頬に手を当てて蠱惑的に微笑む澄華を睨みつける。
そんな余裕そうな姿を見るだけで、腸が煮えくり返りそうになる。
澄華がちらりと顔面蒼白で黙りこくる使用人達に視線を送る。
「先に言っておくけれど、今更私の味方をした所で無駄でしてよ。――総出でユヅルを甚振ってきた貴方達をこの家に置き続ける気なんて、更々ありませんわ」
澄華が威厳に満ちた高圧的な声を上げる。その瞬間、使用人達が地に両手と両膝を付けて口を開き始めた。
「も、申し訳ございませんでした!ユヅル様!!」
「お許しください澄華様!!」
「私共が間違っておりました!どうか、どうか訴えないで下さい!」
「沙汰は追って伝えるわ。全員、この場から出ていきなさい」
「す、澄華様!どうか、どうかご容赦を……!!」
「二度は言わないわ」
「……もっ、申し訳ありません!!」
使用人達が床に頭を擦り付けると、波が引くように一斉に執務室から退室していった。
あたしと澄華とユヅルさん。三人しか居なくなった執務室に静寂が落ちる。
……何?これは一体何?
理解が追い付かなくて、あたしは目を見開いてその場に立ち尽く事しか出来ない。
どうしてみんなあの女の肩を持つの?
……なんで、あたしの周りからは皆居なくなるの?
風が窓に叩きつけ、木の柵がガタガタと音を立てて揺れる。澄華が、静かな声を発した。
「ねえ百華。何故天狐様はここまでお怒りなの?」
「そ、そんなの知らな……っ」
「年に一度の御神楽舞のしきたりはどうしたの?……まさか、それすら怠ったとでも言うの?」
「違います!私はちゃんと行いました!……でも!風が止まないのです!!」
あたしがそう叫んだ瞬間、澄華が長いまつげに縁取られた目を細めてあたしを見下ろした。
藤色の、感情の宿さない冷めた目で。
「——では、天狐様も貴女をお認めではないのね?」
心臓がどくどくと嫌な音を立てる。
その目をやめて。嫌な記憶が、思い出したくない記憶が溢れ出しそうになる。
澄華が顎先に指を押し当て、艶やかな唇で冷たく言い放った。
「お可哀そう」
それを言われた瞬間、目の前の澄華と記憶の中の幼い澄華の言葉が重なった。
『お可哀そう』
それは、あたしが一番大嫌いな……許せない言葉だった。
ブツ、とあたしの中で中で何かが切れた。
「なによ」
掠れた呟きが木製の床に落ちる。
ふつふつと湧き上がる澄華への憎悪が、あたしの口を蠢かせる。
「あんた、またあたしを憐れむの……?」
「何の話かしら?」
「あたしは失われた物を取り返しただけよっ!!」
あたしの絶叫が三人だけの室内に響き渡る。
叫び声を上げるあたしとは対照的に、澄華の冷めた目元に影が出来る。その涼やかな眉が、ピクリと跳ねた。
「認めるの?」
「そうよ!全部あたしがやったのよ!!あたしがあんたを破滅させた――斉明寺家の本当の娘よ」
あたしは自分の胸に手を当てて艶然と微笑む。
執務室のシャンデリアが、あたしの爛々と輝く瞳に光を送る。
「ねえあんた、あたしのこと覚えてた?」
「……」
「覚えてないでしょうね。あんたはそういう奴よ」
忘れもしない。
あたしとあんたは幼い時に徒花楼で出会った。あの時のあたしはまだ、年端もいかない小間使いだったんだから――。
To Be Continued……



