【悪女の勅命】

斉明寺家、夕刻。
ガラガラと黒い馬車が鬼火の灯りと共に斉明寺家に降り立つ。

「……――様、斉明寺家のご当主さまァ」

斉明寺昭仁の部屋に浮かび上がったのは、片目を幾つもの文で覆い隠した艶姿の女の妖怪――文車妖妃(ふぐるまようひ)だった。

「こんばんわぁ、醜悪で素敵な夜ですね」
「なっ!何をしに来た貴様!おい誰か!誰かおらんか!?」
「貴方様に文のお届けがございまァす。――しかと、お目通しになって下さいまし」

文車妖妃が袖から真白の封筒を取り出す。
受け取って封筒の中を(あらた)めた瞬間、昭仁の血相が変わった。

side:百華

「百華さん、こちらをどうぞ。このピンクダイヤモンドは職人に作らせた一点物ですよ」
「まあ、とっても綺麗……!夏生さんはとてもセンスが良いのね」
「はははっ!百華さんに似合いの品くらい幾らでも送らせて頂きますよ。おかげさまで西郷里家は潤っていますからね」

あたしは夏生と二人、斉明寺家の大広間で寄り添い合っていた。
ああ、なんて良い気分なの!最高だわ。
煩わしい公務は全てお父様と夏生さんがやってくれるし、何もしなくても夏生さんが宝石の埋め込まれた貴金属を持って来てくれる。
澄華が居ない斉明寺家はなんて素晴らしいの!嫌な事は全て人に押し付けて、あたしはここで一生贅沢三昧だわ!

「……でも、当然よね」

だってこれがあるべき姿なのだから。あたしは、あたしの物を全て取り返しただけよ。
うっとりと目を細めた瞬間、けたたましい音を立てて両開きの扉が開かれた。

「夏生!!これはどういう事だ!?」

いきなり大広間に入って来たお父様が怒りの形相で夏生さんの胸倉を掴み上げた。空いている方の手に、真白の封筒を握りしめて。
あまりの剣幕に、あたしはびくりと肩を竦ませた。

「貴様!我が斉明寺家の金を横領していたとはどういう事だ!?」
「おっ、お義父様どうされたのです!?その様な事実はございません!デタラメです!!」
「デタラメなものか!!貴様、我が家に来る様になってからやけに羽振りが良いと思っていたが、横領をしていたなぞ言語道断だ!貴様も追放だ!!二度と斉明寺家の敷居を跨ぐな!」

お父様が夏生さんを突き飛ばして、夏生さんが床に尻餅をつく。高級そうなタキシードが汚れるのも構わず、夏生さんがザアッと青ざめた。

「そっ、そんな!?お考え直し下さいお義父様!僕は何もしていません!!」
「貴様にお義父様などと呼ばれる筋合いはもう無いわ!!」

縋りつく夏生さんをお父様が力任せに振り払う。
何?何がどうなっているの?
やっとあの女を陥れたのよ?この家も華族の一人娘という地位も何もかもがあたしの物に戻ったのに、この目に映る惨状はなんなの?

「さっさと出ていけ屑がぁ!!」

夏生さんとお父様がもみ合いになった瞬間、真白の封筒が放り出された。
あたしの元へ、真白の封筒がひらりと落ちる。
震える手で封筒の中の手紙を開く。それを見た瞬間、あたしは全身の血の気が引いた。

そこには夏生さんが斉明寺家のお金を横領していた証拠と、賭け事に大敗したお父様宛の多額の請求書が同封されていた。

「う、嘘でしょう!?なんなのこれ……!?」

あたしが取り乱して叫んだ瞬間、廊下からザッザッと規則的な隊列の音がした。
バンッと大きな音と共に、黒い軍服に身を包んだ警察の部隊が大広間に押し寄せる。
警視らしき人が書状を取り出してあたし達の眼前に晒し、朗々と告げる。

「御用改め仕ります。さる方からの告発により、斉明寺 昭仁(あきひと)様に違法賭博の疑惑、並びに西郷里(にしごおり) 夏生様に斉明寺家の資金を横領した疑いがございます。――お二方、東の刑務所までご同行願います」

胸に付いた銀のバッジを見てあたしはヒュっと息を呑んだ。黒の軍服に銀のバッジは国一番の刑務所を所有する、壬生領の警察の証だから。
後ろに控えていた警官達が、あっという間にお父様達を包囲する。

「何だ貴様らは!?儂を誰と心得る!?」
「斉明寺 昭仁様でお間違いございませんね。――捕えろ」
「やっ、やめろ離せ!離さんか愚図共!!」

暴れるお父様に何人もの警察が押し寄せて、強引に地に頭を擦り付けられる。たとえ威厳があっても、お年を召したお父様が敵う人数では無いわ。
警察から逃れようとままならない体をくねらせるけど、ぜえぜえと息を切らせたお父様は捕らわれてしまった。

「夏生様、貴方もご同行願います」
「ヒッ!?ちが、違う!これは冤罪だ!僕は何もしていないっ!」
「詳しくは東の地で聴取致します」
「僕は貴族だぞ!?金さえ積めば無罪だろう!幾らだ!?幾ら積めば無罪放免になるんだ!?」

腰を抜かしたまま後退(あとずさ)る夏生さんを冷たく見つめ、警視が冷たく言い放った。

「現時点で情状酌量の余地はありません。——捕らえろ」
「はっ!」
「う、うわぁああああああああ!!」

逃走しようとめちゃくちゃに暴れる夏生さんを、屈強な警察官達が容易く制圧した。
立派だったタキシードの裾が破れ、懐から零れ落ちた札束が力無く床に落下した。

「いやだあ!離せえ!……もっ、百華さん!助けて下さい百華さあああん!!」
「なっ、夏生さぁん!」

夏生が顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながらあたしに手を伸ばす。
やめてよ、気持ち悪い!……でも、夏生さんまで居なくなるのは不味いわ!
あたしは仕方なく手を伸ばしたけれど、二人には手錠が掛けられてあっという間に大広間から連行されてしまった。

「では、我々はこれで」
「待って!わ、私は斉明寺家の一人娘の百華ですっ!ここは私の顔を立てると思って、ご容赦頂けませんか……っ?」
「それは出来ません。壬生家からの直々の命ですので」

ひ、東の華族がなんで西の不祥事に首を突っ込んでくるのよ!?
だいたい、あそこは領地経営も厳しくて他の領地からも後ろ指を刺されているんじゃなかったの!?
踵を返そうとする警視に、あたしは慌てて縋り付く。

「まっ、待って下さい!!あのっ、私ここの一人娘になったばかりなんです!お父様も夏生さんも居ないなんて、これからどうしたらいいか分かりませんの!私の事、助けて頂けませんか……?」

精いっぱい上目遣いで冷めた瞳を見つめる。助けてお願い!あたしは西一番の華族なのよ!?斉明寺家の一人娘の頼みよ!?

「その様な命は受けておりませんので、丁重にお断りさせて頂きます」
「えっ?」

あたしの思いとは裏腹に、至極どうでも良さそうに警視が言葉を吐いた。
必死で掴んだ袖も、無情に振り解かれる。

「百華様。貴女に嫌疑は掛けられておりませんので、後の事はどうぞご自由に」
「そっ、そんな!お願いします!お父様と夏生さんを連れて行かないで下さい!!」
「我々はこれで失礼致します」
「いっ、いや!行かないで!お父様あ!夏生さああああん!」

あたしは叫び声を上げつつも、心の中では唇を吊り上げていた。
ああ良かった!あたしに嫌疑は掛けられていないって事は、大枚(たいまい)をはたいて徒花楼からがしゃどくろを出獄させて、その罪を全部あの女に擦り付けた事はバレていないのね!
なら良いじゃない。お父様も夏生さんも、後で金さえ積めば帰ってくるわ。

「おっ、お助け下さい百華様!!」
「な、何するんですかっ!?」

大広間に一人取り残された私に縋り付いたのは、茶髪を振り乱した私の専属侍女だった。

「澄華様無き今、斉明寺家には貴女しかいません!どうか、誇りある斉明寺領の統治を!」
「天狐様を怒らせるわけにはいかないのです!どうかお願いします!百華様!!」
「や……っ、止めて下さいっ!!」

使用人達のその言葉に怖気が走り、力任せに茶髪の侍女を引き倒した。
ハッとして、すぐに上っ面を取り繕う。

「い、いやですわ皆さん、何をおっしゃるの?そんなのは皆さんの仕事ですよ」

斉明寺領の統治ですって?そんなの平民上がりのあたしに出来る訳無いじゃない。そんなものは使用人と男共の仕事よ。
あたしは間違った事なんか言ってない。それなのに、使用人達が絶望した様に青ざめて、カーペットにがくりと項垂れた。

「ど、どうしてそんな反応をするのですか?私にやれなんて冗談でしょう?だって私……何も知りませんのよ?」

大広間の混沌にあたしの震え交じりの取り繕った声が、いやに大きく反響した。



side:澄華

「……ふふっ」

爽やかな風を浴びながら、私は和紅茶を飲み干してカップソーサーに戻した。
目を閉じれは、今にもお父様達の断末魔が聴こえてくる様ね。
私が秘密裏に”ユヅル”に調べさせていたお父様と夏生の醜聞(スキャンダル)。あれが世に出ればあの二人は即刻逮捕されるわ。

「ご馳走様。とても美味しかったわ。……そうだわ、そろそろ”荷物”が届く頃かしら」
「ええ、もうじき。……澄華様、よろしかったのですか?百華様の事は記さないで」
「うふふっ。お父様や夏生なんかと一緒に断罪してはつまらないでしょう?」

小首をかしげる結一郎さんに、私は曇りの無い晴れやかな笑みで応えた。
そんな事はさせないわ。私を陥れた百華には、その程度では生温いもの。

「結一郎様、澄華様。ご歓談中の所、失礼致します」

すっと私達の後ろに立ったのは、清春と呼ばれるサトリだった。
古くから結一郎さんとの縁があった彼は、今では正式に結一郎さんの執事となっている。

「東の刑務所に、斉明寺 昭仁と西郷里 夏生が収監されました」
「あら、どうもありがとう。……では、さっそく向かいましょうか」
「畏まりました」

私は立ち上がり、ハーフアップにまとめ上げていた簪を外す。豊かな紫紺の髪が軽やかに風に踊った。
さあ、仕上げにかかりましょう。斉明寺の当主の座は――私のものですわ。

To Be Continued……