【悪女の勅命】

side:澄華

私に戸籍上の義妹が出来た。
部屋も違うけれど夕食は偶に共にする。会話なんてしてあげないけれど。
相容れないのだからお互いに不干渉で良い。私はそう思っているのだけれど、百華はどうやらそうではないらしい。

「……こんな所かしらね」

私は自室で帳簿の記入を終わらせ、万年筆を専用のスタンドに収める。
ちらりと窓の外を見ると、麗らかな昼光が中庭に降り注いでいた。

「お疲れ様でございます」
「丁度良かったわ。ユヅル、これを仕舞って頂戴」
「畏まりました」

ユヅルが私の手から帳簿を受け取り、棚に戻していく。

「ありがとうね。領地経営の事まで私と一緒に考えてくれて」
「俺は助言をしたまでに過ぎません。……本来は町民の税収や地代の管理など、お嬢様の仕事ではないでしょうに」
「良いのよ、お母様がやっていた事だもの。娯楽に耽るばかりのお父様になんて渡せないわ」
「素晴らしい心掛けでございます」

ユヅルが私に向かって腰を曲げて首を垂れる。その銀糸の髪が昼光を受けて煌めくのを見つめ、私は口を開いた。

「そうだわ、ひと段落したから庭園でティータイムにしましょうか。準備して下さる?」
「承知致しました。種類はいかがされますか?」
「では、ダージリンで。貴方の淹れる紅茶は美味しいからね」
「光栄にございます」

ユヅルが金色の瞳を細めてふっと微笑む。少し首を傾げた時に、髪の隙間から真白の鱗が垣間見えた。
私はそれを美しいと思いながら目を細めた。



斉明寺家の庭園の東屋には、頭上に藤棚が設置されている。
まだ蕾だけれど、私はそれがゆっくりと開花する様を見ながらユヅルとティータイムをする時間を気に入っている。
ユヅルが準備したティーセットを上機嫌に眺めていると、甘ったるい声が耳に届いた。

「お義姉様っ」

ちらりと視線を寄越すと、百華が大勢の使用人を引き連れながらぱたぱたと駆けて来た。身に纏うシルク地の上等な着物は、私は一度も貰った事が無いほど高価な物。……随分と、お父様に可愛がられているのね。
百華の後ろに控える使用人も、先日まで私の専属だった者が大半を占めている。
私は目を眇めて眉根を寄せた。どうしてこの子は、わざわざ全て見せつける様に私に近寄るのかしら。

「その名で呼ぶなと言ったはずよ」
「で、でも……澄華お義姉様は、私の唯一の姉ですから仲良くなりたいんです。それに私、お義姉様にお礼を言いたくて!」

百華はにっこりと微笑んで、両手を広げて後ろに控える大勢の使用人達を見せびらかす様に指した。

「皆さん私の専属になって頂けたんです!流石、斉明寺家の待遇は破格ですねっ」
「……良かったじゃないの」

それを元の主だった私に面と向かって言う意味は分からないけれど。
百華は薄紅の塗られた唇に指を押し当てて、申し訳なさそうに紅玉の目を伏せた。

「でも、良かったんでしょうか?お姉様の専属の方でしたのに。ただでさえ、お姉様は公務でお忙しいのでしょう?」
「私にはユヅルがおりますから。公務も手伝ってくれるから問題無いわ。……その方々も皆優秀な人材だから、過不足なく過ごせるはずよ」
「まあ、嬉しいです!譲って頂いてありがとうございます、お義姉様!」

譲る、だなんて私は一言も言っていないけれど。
大方お父様の差し金でしょうけど、こんなつまらない嫌がらせをするなんて器の小さい男ね。
許可も無く私の向かいのテーブルに腰掛けた百華が、持ってきたティーポットを自分の顔の前に掲げた。

「あたし、お礼に初めてハーブティーを作ってきたんです!どうぞ召し上がって下さい!」
「……どういう風の吹き回しかしら」
「お義姉様は紅茶がお好きだと伺いましたので、お礼なら最適だと思いましたの」
「……」

私はじろりと百華を見つめる。
何なのこの子は。私を煽っているのかしら。百華の後ろに控える使用人達も、百華を見つめてうっとりと頬を染める。

「あのハーブティー、百華ご自身でお作りになっていたのよ」
「なんて健気なの……」
「悪評名高い澄華様相手に、あんなにも心を砕かれるなんて」

……この女、人を誑し込む才能でもあるのかしら。信用していない人間が一人で作った物だなんて、得体が知れなくて飲みたくもないわ。
百華が小首を傾げて私を見上げる。

「あっ、そうだ!あたしがお注ぎします!」
「お断りよ」
「ど、どうしてですか?あたし、一生懸命作ったのに……」
「毒でも入っていたら堪らないわ」
「そんな事はしません……っ!信じて下さい!」
「悪いけれど、会って間もない人間の手作りだなんて信用出来ませんの」
「そ、そんな……」

分かりやすく肩を縮めてしゅんと項垂れる。そんな百華を見て侍女たちがまた百華に哀れみの目を向ける。そうやって侍女を懐柔したのかしら?
私ははあ、と細く息を吐くと、私の後ろに控えるユヅルを呼んで百華の持つティーポットを扇子で指した。

「ユヅル、毒味して頂戴」
「畏まりました」
「あ、あのユヅルさんっ!あたしが注ぎます!」
「いえ、百華様の手を煩わせる訳には参りません」

無表情のまま一礼をしたユヅルがティーポットを受け取り、恭しく空のティーカップに注いだ。

「では、失礼致します」

薄い唇で一口飲んだ瞬間、ユヅルが僅かに眉根を寄せた。

「どうかしら?」
「毒はありません。……ですが、これは……」

珍しく言い淀むユヅルを一瞥して、私は手を差し出した。

「……毒では無いのなら、まあいいわ」

私の為に手ずから淹れてきたというのなら、一口くらいは口を付けてやってもいいわ。
火傷するほどの温度にはなっていない様だしね。
ユヅルが遠慮がちに差し出したティーカップを受け取り、一口あおる。

「……」
「どうですか?あたし、お義姉様の為に精一杯作りましたっ」

媚びを売る様に両手を組んだ百華の手には絆創膏が散らばる。それを見て、また侍女達が感心したように頬に手を当てた。

「指先を怪我してまで澄華様の為に……」
「なんて心の清らかな方なのでしょう」

私の元専属達は、あんなに単細胞だったかしら?
見る目の無い侍女達を視界から外し、ティーカップから口を離した。

「百華さん」
「はいっ!」

私はティーカップを胸の高さまで持ち上げると、ひっくり返して中身を床にぶちまけた。
薄茶色の液体が、白い床に放射状にばしゃりと広がる。

「お、お姉様!?どうして……っ!?」

百華が叫び、栗色の髪を揺らしながら信じられない物を見る目で私を見る。
何よその目は、信じられないのは私の方よ。

「貴女の味覚はどうなっているの?こんな不味いハーブティーは初めて飲んだわ。……いいえ、ハーブティーと言うのも失礼だわ。こんなもの、雑草を煮詰めただけね」
「ひ、ひどい……!私は、お義姉様の為に……!」
「私を思うのなら、そもそも一度も作った事の無い物を差し出すのはお門違いでは無くて?ちゃんと味見はしたのかしら?」
「そっ、それは……っ。一番最初に、お姉様に飲んで欲しくて……っ!」
「……呆れた」

自分で味見もしないだなんて。
こんなものを華族である私に差し出すだなんて、この子は私を舐めているのかしら。

「そちらの使用人に掃除させなさい。気分が悪いから私はもう行くわ」

私が立ち上がって紫紺の髪を靡かせた瞬間――外から声が飛んできた。

「やめないか!!」

よく通る男の声に、私は不機嫌を隠しもせずに顔を上げた。

「……うるさくてよ、夏生(なつお)さん」

茶色の癖毛を揺らしながら駆けつけたのは斉明寺家の分家筋に当たる、西郷里(にしごおり)家の夏生(なつお)
形式上は私の婚約者候補の男だけれど、他人に媚びばかり売る主体性のない男なんて、全くもってタイプじゃないわ。
百華の肩を抱きながら、夏生は私を睨みつける。

「どうして君はいつもいつもそんなに攻撃的なんだ!こんなに可憐な義妹相手にあんまりじゃないか!?」
「礼節が成ってない義妹に、義姉として躾をしたまでよ」
「あっ、あなたは……?」

百華が肩をすくめて振り返ると、夏生は百華の至近距離でにっこりとほほ笑んだ。

「僕は夏生。斉明寺の分家筋に当たる者です。――僕が来たからにはもう安心だ。怖かったね」

夏生が百華の背を優しくさすると、百華は躊躇なく夏生に縋りついた。

「ありがとうございます……!夏生さんはとても紳士的な方なのですね」
「ははっ。可憐なご令嬢が悪女に虐げられていたら助けるのが紳士と言うものさ。そうだ百華さん。斉明寺家に越してきた君にプレゼントだ。受け取ってくれないか?」

甘い声音と共に、夏生が懐から包装された箱を取り出し、桃色のリボンを解いてゴテゴテと宝石があしらわれたネックレスを百華に差し出した。

「こ、こんな高価なネックレスっ!あたしの為に……?」
「ああ、君に似合うと思ってね」

あの男、また貴金属を貢ぎに来たの?
趣味が悪いから私は全て突っぱねているけれど、毎回毎回、大粒の宝石がいくつもはめ込まれたアクセサリーを寄越してくる。
……随分羽振りがよろしいのね。あの分家のどこにそんな資金があるのだか。

「ユヅル」
「はい」
「”アレ”、調べておきなさい」
「畏まりました」

少し屈んで耳を貸すユヅルに、私は呟いた。
そのまま二人から目線を外して帰ろうとする私に、夏生が鋭い声を上げる。

「こんな可憐な妹君に無体を働くなんて君は姉の風上にも置けないな!この悪女めっ!」

百華を抱きしめながら私を睨みつける夏生に辟易する。
仮にも”私の”婚約者候補である者が、白昼堂々別の女と抱き合って見せつけるようにプレゼントを贈るだなんてどういう事?どの口が私を非難しているのかしら。
私の後ろからギリッと拳を握り締める音がする。恐らく夏生を睨みつけているであろうユヅルを、私は片手を上げて制した。
——私、侮辱されて黙っていられるほど慎ましい令嬢ではなくってよ。

「あら夏生さん。”悪女”とは、私に向かって言ったのかしら?」

一つため息を吐くと、私はわざとらしくニコリと微笑んだ。

To Be Continued……