そこに立っていたのは、上質な浅葱色の着物を身に纏ったユヅルだった。
「……ユ、ヅル?」
「はい、お嬢様」
普段と寸分変わらない柔らかくも凛とした声で、ユヅルが微笑む。
銀糸の髪は深い輝きを宿し、瞳を縁取る長い睫毛さえ艶めいている。金色の瞳は、イエローダイヤモンドがはめ込まれているのかと錯覚するほど美しい。
その姿、その佇まいはとても一介の執事には見えない。
どういう事?これではまるで……華族の様だわ。
「……どうして、貴方が」
「約束通り、貴女様をお迎えに上がりました」
ユヅルが私の牢に足を踏み入れる。背後にいる天狐の守衛の持つ漆台には、紙幣と金貨が溢れんばかりに置かれていた。
その大金は、私がユヅルを身請けした時よりも遥かに量が多い。
「お嬢様、俺が貴女を身請けします」
ユヅルの言葉と柵の外の大金を交互に見つめ、私は口元に手を立ててなんとか動揺を押し留めた。
「私の、身請け……?ゆ、ユヅル。こんな大金、どこから……」
「お嬢様、貴女に謝罪しなくてはならない事があります。俺はこの徒花楼で、貴方に嘘を付きました」
「……嘘?」
「はい。俺は半妖ではありません。――東の龍神様の加護をこの身に宿した、先祖返りです」
「せ、先祖返りですって……!?」
先祖返りとは神の加護を受けし霊力と、妖力を自在に操る事の出来る人間。そして先祖返りは、四家華族の直系にしか生まれない。
「貴方まさか、壬生家の嫡子なの……?」
「左様でございます」
「東の華族が、どうして西の徒花楼に捕らわれていたの?名を捨ててまで……」
「冤罪により破門されておりました。が、先日この身の潔白を証明して壬生家に戻りました」
ユヅルが私の足元に跪く。真剣な眼差しで、しなやかな手を私に差し出した。
「俺の本当の名は壬生 結一郎と申します。お嬢様。俺と共に、東の地に向かいましょう」
「東の、壬生領に……?」
「貴女の専属執事のユヅルとしてでは無く、一人の男の結一郎として申し上げます。どうか俺と、婚姻を結んで頂けませんか?」
「な……っ!?」
私は口元に手を当てて、揺れる瞳を押さえつける様に瞬きを繰り返す。
ユヅル——結一郎さんの金色の瞳が私の揺れる藤色の瞳を真正面から捕らえる。
「俺をこの徒花楼から救い出して頂けた時に、貴女に生涯の忠誠を誓いました。ですが、お仕えする内に実直なお人柄と、この西をより良くしようと身を粉にする貴女に執事としての忠誠以上の、恋慕の情を秘めておりました」
「そん、な……」
「いつかこの身の潔白を証明し、貴女に相応しい男になった暁にはこの想いを伝えたいと思っておりました。――澄華様」
お互いの瞳が重なり合う。熱を帯びた視線に、頭の奥がくらくらする。
心臓がどくどくと早鐘を打ち、私の頬にじわじわと熱が集まってゆく。
「ずっと貴女をお慕いしておりました。貴女のこれからの人生を、俺と共に歩んで頂けませんか?」
真っすぐな言葉に胸が詰まって、熱い想いが込み上げてくる。震える声で、私は言葉を紡いだ。
「ユヅル……いいえ、結一郎さん。私はもう、由緒ある斉明寺の女では無いわ」
お父様から破門を言い渡された瞬間、私の苗字は無くなった。
言葉を紡ぐたびに、私の眦に熱い涙が滲む。目の前の結一郎さんの姿が、ぼやけて歪む。
「その言葉は本当に、ただの”澄華”となった私に……言って下さるの?」
「勿論です。貴女がどのような地位であろうが、この想いは変わりません。あの日が徒花楼から俺を救い出してくれたあの瞬間から、貴女だけが俺の唯一です」
結一郎さんの声はこの上なく澄み切っていた。
私は伸ばされたしなやかな手に、自分の荒れた手を重ねる。
結一郎さんが小刻みに震える私の手を優しく握りしめ、ふっと滲むような微笑みを向けた。
「……っ……!」
歯を食いしばって、流れ落ちそうになる涙を堪える。……せっかくのプロポーズですもの。泣いて結一郎さんの顔が見られないのは勿体ないわ。
人差し指でピッと眦を拭って、目に溜まる涙を振り払う。
鮮明な視界で結一郎さんをしっかりと見つめると、はっきりと告げた。
「ありがとう、結一郎さん。――謹んで、お受け致しますわ」
私がそう告げた瞬間、結一郎さんの瞳が煌めきを内包して見開かれた。
繋がれた手が引き寄せられ、結一郎さんが私の体を包み込んだ。背中に回された手にグッと力をが込められる。
その温かさが、冷たく冷えた私の体に染み入る様に広がる。
「……本当に、俺でよろしいのですか?」
「ええ、私に二言は無いわ。……ねえ。今まで私が、どうして婚約者ではなく婚約者”候補”止まりにしていたか分かる?」
「……いいえ」
「誰とも契る気なんて無かったからよ。だって、私の傍に居続けてくれた貴方が一番魅力的だったんですもの」
「……っ、澄華様……!」
少しだけ体を離した私達は至近距離で見つめ合い、唇を寄せ合った。
牢内に一筋の光が差し込む。
冷たい徒花楼の一室で、私達は温かい唇を重ね合わせた。
そっと唇が離され、熱を宿した蜂蜜色の瞳に射抜かれる。
「澄華様、東の地に戻った時で構いません。貴女に刻印を刻ませて下さい」
「刻印……あの、半妖や妖が求婚する時に花嫁に付ける印の事?」
「はい。俺は半妖ではありませんが、この身には霊力と同時に妖力も宿しています。妖や半妖にも、貴女が俺の妻だと周知させたいのです」
結一郎さんの真っすぐな言葉に思わず胸が高鳴る。その瞳に宿る独占欲が私の体を熱くさせる。こんな強い想いを、今までどうやって隠してきたのよ。
「勿論今すぐになどと言いません。貴女の気持ちが定まってからで……」
「いいえ、それなら今でいいわ」
「……え?」
私は毒々しい色合いの着物の襟元を寛げ、鎖骨の辺りまでずり下した。
くるりと背を向けて長い髪を肩から前に持ってくれば、結一郎さんの息を呑む音が聞こえた。
「うなじに痕を付けるものだと記憶していたのだけれど、違ったかしら?」
「す、澄華様。俺は急かすつもりで言ったのではありません」
「あら。……牢で汚れた私では、お気に召さないかしら?」
「いいえ、その様な事は一切思っておりません」
「では何の問題も無いわ。……何者でも無い、”今”の私に付けて欲しいの」
今の私は斉明寺の嫡女では無い。でも、正式に籍を入れてしまえばまた爵位を得る。爵位を得た私ではなく、何者でも無い私に消えない刻印を刻んで欲しい、なんて願うのは我儘かしら?
「……澄華様」
結一郎さんの手が私の首筋を撫で、顎先に添えられてくいっと上を向かされる。
唇が首筋を掠め、うなじをくすぐる銀髪が私の鼓動を高鳴らせる。
「……よろしいのですか?」
「ええ。今この場で、私との一生を誓って頂戴」
結一郎さんの開かれた唇から鋭い牙が覗く。
白い腕が私の肩に巻き付き、ぐっと後ろに引き寄せられる。
「誓います。これからも先もずっと、俺の一生は貴女と共にあります」
ぶつ、と首筋に牙を立てられ、チクリと鋭い痛みが襲う。
ズッと体内から血が吸われる感覚がして、私は回された腕に縋りつくように手を回した。
「……っ、あ……!」
首に付きたてられた牙は痛いけれど、それさえも愛おしいと思ってしまう。
血を吸われた箇所から黒い百合の刻印が私の肩から首筋にまで広がる。
結一郎さんが私の首筋から牙を離し、少しだけ私の肩に跳ねた血を舌で舐め取った。
「澄華様、俺を見て下さい」
「結一郎さ……っ、んん……っ!」
頬に手が伸び、優しいけれど有無を言わせない力で後ろを向かされる。
結一郎さんが自分の唇を嚙み、私の唇に自分の唇を押し当てた。私の口内に、血を纏った唇が滑り込む。
その舌を受け入れるように唇を開くと、角度を変えて唇が重ねられる。
お互いの霊力を交わす唇が熱い。首筋に咲く百合の花が、ジワリと熱を帯び始める。
じわじわと静謐な青い輝きが私の肌を彩り、黒色の百合が月の光を写し取ったような鮮やかな青色に染まった。
「澄華様……愛しております」
蜂蜜色の瞳を細めて微笑んだ結一郎さんの笑顔は、この世のなによりも美しいと思った。
その唇を離すと同時に降ってくる告白に、私は目を潤ませて見上げる事しか出来なかった。
首筋に視線を送ると、そこには目の覚めるような鮮やかな青百合の刻印が刻まれている。
その刻印を撫で、ふっと相好を崩す。
「これで、私は貴方のものかしら?」
「……いいえ。貴女は貴女自身のものです」
結一郎さんが私を正面から優しく抱き締めて、刻印の刻まれた私の首筋に顔を埋める。
吐き出される吐息交じりの言葉は、今までで一番甘やかに私の耳朶を打つ。
「俺のものとしての貴女ではなく、貴女自身の意思で俺を選んでくれた事が……何より、嬉しいのです」
その声は震えていて、伏せられた長い睫毛の隙間からは薄い涙の膜が滲んでいた。
結一郎さんの涙に、私の視界も滲み始める。
「……ええ。貴方ももう、私の専属執事のユヅルでは無いわ」
腕を背に回してぎゅっと抱きしめ返す。泣きそうになっている今の自分の顔を、見られない様に。
「私の所有物としてでは無い、たった一人の貴方自身の意思で私を選んでくれて……ありがとう。結一郎さん」
結一郎さんの温かい腕に力が籠る。
そのまま私達は、牢獄の中でお互いの熱を分け合う様に抱き締め合った。
To Be Continued……
「……ユ、ヅル?」
「はい、お嬢様」
普段と寸分変わらない柔らかくも凛とした声で、ユヅルが微笑む。
銀糸の髪は深い輝きを宿し、瞳を縁取る長い睫毛さえ艶めいている。金色の瞳は、イエローダイヤモンドがはめ込まれているのかと錯覚するほど美しい。
その姿、その佇まいはとても一介の執事には見えない。
どういう事?これではまるで……華族の様だわ。
「……どうして、貴方が」
「約束通り、貴女様をお迎えに上がりました」
ユヅルが私の牢に足を踏み入れる。背後にいる天狐の守衛の持つ漆台には、紙幣と金貨が溢れんばかりに置かれていた。
その大金は、私がユヅルを身請けした時よりも遥かに量が多い。
「お嬢様、俺が貴女を身請けします」
ユヅルの言葉と柵の外の大金を交互に見つめ、私は口元に手を立ててなんとか動揺を押し留めた。
「私の、身請け……?ゆ、ユヅル。こんな大金、どこから……」
「お嬢様、貴女に謝罪しなくてはならない事があります。俺はこの徒花楼で、貴方に嘘を付きました」
「……嘘?」
「はい。俺は半妖ではありません。――東の龍神様の加護をこの身に宿した、先祖返りです」
「せ、先祖返りですって……!?」
先祖返りとは神の加護を受けし霊力と、妖力を自在に操る事の出来る人間。そして先祖返りは、四家華族の直系にしか生まれない。
「貴方まさか、壬生家の嫡子なの……?」
「左様でございます」
「東の華族が、どうして西の徒花楼に捕らわれていたの?名を捨ててまで……」
「冤罪により破門されておりました。が、先日この身の潔白を証明して壬生家に戻りました」
ユヅルが私の足元に跪く。真剣な眼差しで、しなやかな手を私に差し出した。
「俺の本当の名は壬生 結一郎と申します。お嬢様。俺と共に、東の地に向かいましょう」
「東の、壬生領に……?」
「貴女の専属執事のユヅルとしてでは無く、一人の男の結一郎として申し上げます。どうか俺と、婚姻を結んで頂けませんか?」
「な……っ!?」
私は口元に手を当てて、揺れる瞳を押さえつける様に瞬きを繰り返す。
ユヅル——結一郎さんの金色の瞳が私の揺れる藤色の瞳を真正面から捕らえる。
「俺をこの徒花楼から救い出して頂けた時に、貴女に生涯の忠誠を誓いました。ですが、お仕えする内に実直なお人柄と、この西をより良くしようと身を粉にする貴女に執事としての忠誠以上の、恋慕の情を秘めておりました」
「そん、な……」
「いつかこの身の潔白を証明し、貴女に相応しい男になった暁にはこの想いを伝えたいと思っておりました。――澄華様」
お互いの瞳が重なり合う。熱を帯びた視線に、頭の奥がくらくらする。
心臓がどくどくと早鐘を打ち、私の頬にじわじわと熱が集まってゆく。
「ずっと貴女をお慕いしておりました。貴女のこれからの人生を、俺と共に歩んで頂けませんか?」
真っすぐな言葉に胸が詰まって、熱い想いが込み上げてくる。震える声で、私は言葉を紡いだ。
「ユヅル……いいえ、結一郎さん。私はもう、由緒ある斉明寺の女では無いわ」
お父様から破門を言い渡された瞬間、私の苗字は無くなった。
言葉を紡ぐたびに、私の眦に熱い涙が滲む。目の前の結一郎さんの姿が、ぼやけて歪む。
「その言葉は本当に、ただの”澄華”となった私に……言って下さるの?」
「勿論です。貴女がどのような地位であろうが、この想いは変わりません。あの日が徒花楼から俺を救い出してくれたあの瞬間から、貴女だけが俺の唯一です」
結一郎さんの声はこの上なく澄み切っていた。
私は伸ばされたしなやかな手に、自分の荒れた手を重ねる。
結一郎さんが小刻みに震える私の手を優しく握りしめ、ふっと滲むような微笑みを向けた。
「……っ……!」
歯を食いしばって、流れ落ちそうになる涙を堪える。……せっかくのプロポーズですもの。泣いて結一郎さんの顔が見られないのは勿体ないわ。
人差し指でピッと眦を拭って、目に溜まる涙を振り払う。
鮮明な視界で結一郎さんをしっかりと見つめると、はっきりと告げた。
「ありがとう、結一郎さん。――謹んで、お受け致しますわ」
私がそう告げた瞬間、結一郎さんの瞳が煌めきを内包して見開かれた。
繋がれた手が引き寄せられ、結一郎さんが私の体を包み込んだ。背中に回された手にグッと力をが込められる。
その温かさが、冷たく冷えた私の体に染み入る様に広がる。
「……本当に、俺でよろしいのですか?」
「ええ、私に二言は無いわ。……ねえ。今まで私が、どうして婚約者ではなく婚約者”候補”止まりにしていたか分かる?」
「……いいえ」
「誰とも契る気なんて無かったからよ。だって、私の傍に居続けてくれた貴方が一番魅力的だったんですもの」
「……っ、澄華様……!」
少しだけ体を離した私達は至近距離で見つめ合い、唇を寄せ合った。
牢内に一筋の光が差し込む。
冷たい徒花楼の一室で、私達は温かい唇を重ね合わせた。
そっと唇が離され、熱を宿した蜂蜜色の瞳に射抜かれる。
「澄華様、東の地に戻った時で構いません。貴女に刻印を刻ませて下さい」
「刻印……あの、半妖や妖が求婚する時に花嫁に付ける印の事?」
「はい。俺は半妖ではありませんが、この身には霊力と同時に妖力も宿しています。妖や半妖にも、貴女が俺の妻だと周知させたいのです」
結一郎さんの真っすぐな言葉に思わず胸が高鳴る。その瞳に宿る独占欲が私の体を熱くさせる。こんな強い想いを、今までどうやって隠してきたのよ。
「勿論今すぐになどと言いません。貴女の気持ちが定まってからで……」
「いいえ、それなら今でいいわ」
「……え?」
私は毒々しい色合いの着物の襟元を寛げ、鎖骨の辺りまでずり下した。
くるりと背を向けて長い髪を肩から前に持ってくれば、結一郎さんの息を呑む音が聞こえた。
「うなじに痕を付けるものだと記憶していたのだけれど、違ったかしら?」
「す、澄華様。俺は急かすつもりで言ったのではありません」
「あら。……牢で汚れた私では、お気に召さないかしら?」
「いいえ、その様な事は一切思っておりません」
「では何の問題も無いわ。……何者でも無い、”今”の私に付けて欲しいの」
今の私は斉明寺の嫡女では無い。でも、正式に籍を入れてしまえばまた爵位を得る。爵位を得た私ではなく、何者でも無い私に消えない刻印を刻んで欲しい、なんて願うのは我儘かしら?
「……澄華様」
結一郎さんの手が私の首筋を撫で、顎先に添えられてくいっと上を向かされる。
唇が首筋を掠め、うなじをくすぐる銀髪が私の鼓動を高鳴らせる。
「……よろしいのですか?」
「ええ。今この場で、私との一生を誓って頂戴」
結一郎さんの開かれた唇から鋭い牙が覗く。
白い腕が私の肩に巻き付き、ぐっと後ろに引き寄せられる。
「誓います。これからも先もずっと、俺の一生は貴女と共にあります」
ぶつ、と首筋に牙を立てられ、チクリと鋭い痛みが襲う。
ズッと体内から血が吸われる感覚がして、私は回された腕に縋りつくように手を回した。
「……っ、あ……!」
首に付きたてられた牙は痛いけれど、それさえも愛おしいと思ってしまう。
血を吸われた箇所から黒い百合の刻印が私の肩から首筋にまで広がる。
結一郎さんが私の首筋から牙を離し、少しだけ私の肩に跳ねた血を舌で舐め取った。
「澄華様、俺を見て下さい」
「結一郎さ……っ、んん……っ!」
頬に手が伸び、優しいけれど有無を言わせない力で後ろを向かされる。
結一郎さんが自分の唇を嚙み、私の唇に自分の唇を押し当てた。私の口内に、血を纏った唇が滑り込む。
その舌を受け入れるように唇を開くと、角度を変えて唇が重ねられる。
お互いの霊力を交わす唇が熱い。首筋に咲く百合の花が、ジワリと熱を帯び始める。
じわじわと静謐な青い輝きが私の肌を彩り、黒色の百合が月の光を写し取ったような鮮やかな青色に染まった。
「澄華様……愛しております」
蜂蜜色の瞳を細めて微笑んだ結一郎さんの笑顔は、この世のなによりも美しいと思った。
その唇を離すと同時に降ってくる告白に、私は目を潤ませて見上げる事しか出来なかった。
首筋に視線を送ると、そこには目の覚めるような鮮やかな青百合の刻印が刻まれている。
その刻印を撫で、ふっと相好を崩す。
「これで、私は貴方のものかしら?」
「……いいえ。貴女は貴女自身のものです」
結一郎さんが私を正面から優しく抱き締めて、刻印の刻まれた私の首筋に顔を埋める。
吐き出される吐息交じりの言葉は、今までで一番甘やかに私の耳朶を打つ。
「俺のものとしての貴女ではなく、貴女自身の意思で俺を選んでくれた事が……何より、嬉しいのです」
その声は震えていて、伏せられた長い睫毛の隙間からは薄い涙の膜が滲んでいた。
結一郎さんの涙に、私の視界も滲み始める。
「……ええ。貴方ももう、私の専属執事のユヅルでは無いわ」
腕を背に回してぎゅっと抱きしめ返す。泣きそうになっている今の自分の顔を、見られない様に。
「私の所有物としてでは無い、たった一人の貴方自身の意思で私を選んでくれて……ありがとう。結一郎さん」
結一郎さんの温かい腕に力が籠る。
そのまま私達は、牢獄の中でお互いの熱を分け合う様に抱き締め合った。
To Be Continued……



