side:結次
「嘘だ」
それが、久方ぶりに兄を見て口から滑り落ちた最初の言葉だった。
神祠御殿内は騒然としていた。
神祠御殿——東の龍神様を祀る屋敷の最奥に座す庭園。浮世から隔絶された石造りの枯山水式庭園の中央で、藍色の長袴に白衣姿の兄が御神楽舞を披露した。
兄が舞の最後に翡翠色の破魔弓で空を射抜いた瞬間、暗雲が立ち込めていた空に一条の光が差し込んだ。
薄汚れた銀髪に日の光が差し込み、雨上がりの虹の様な輝きを宿す。兄の場所を中心に、晴れ間が広がっていく。
一瞬、空中に真珠のような艶やかな白い鱗を持った神龍——龍神様の姿が見えた。それは、龍神様に認められた証だ。
「う、嘘だ。そんな……っ!」
「ああ、儂は何て事を……!!結一郎。あいつは、あいつは……っう、うぐ……!」
「お父様!?」
僕の隣に居たお父様が卒倒するように石畳に倒れ込む。僕は慌ててお父様を抱き留めた。
お父様は青ざめた顔で、こちらに駆け寄る兄を見た。
「あいつは、先祖返りだ……!」
その言葉を最後に、父は気を失った。
◇
その日から、周りが結一郎兄様を見る目が急激に変わった。
兄は母屋に自室を与えられて、使用人も付けられる様になった。
「ご存じ?結一郎様はとても所作がお美しいのよ」
「我々の様な下々の者にも礼儀正しく接して頂いて……」
「この間は学校の近くに出現した化け蜘蛛をお一人で倒されたとか」
「成績も申し分ないそうじゃない?今まで家庭教師も碌に付けられなかったのに、素晴らしいわ」
流麗な所作、高い霊力、凶暴な妖を撃退する鮮やかな体捌き。
学校からの通知表も文句の付け所が無い。
僕が今まで蔑んでいた兄は、その身体的特徴以外、何もかもが僕より優れていたのだ。
「ねえ、ずっと思っていたのだけれど……結一郎様の頬の鱗は、御神楽舞の時に見た龍神様の鱗とよく似ていると思わない?」
ガンッと廊下の柱を力任せに殴る。
噂話に花を咲かせる侍女達を睨みつけると、侍女は青ざめながらそそくさとその場を後にした。
ギリッと歯を噛み締める。口の中に血の味が滲む。
「……ふざけるな」
許さない。そんな事は認めない。
どうして家庭教師を付けていた僕よりも成績が良い?
どうしてまともに育てられなかったくせにそこまで能力が高い?
どうして、巫女巫覡ですら手を焼いていた妖を下せる?
『あいつは、先祖返り、だ……!』
「まさか……っ!」
御神楽舞の時のお父様の言葉を思い出し、僕は書庫へと走った。
書庫の扉を乱暴に開けて古い書籍を漁る。幼い頃、お父様に教えて貰った事がある。
神を祀る四家には稀に、神の寵愛を受けし先祖返りが生まれる事があると。
「あった!これだ!!」
黄ばんだ古い本を棚の奥から引っ張り出して開く。
そこに、先祖返りの記述が記されていた。
【先祖返り】
先祖返りは華族の直系に稀に生れ落ちる。
祀る神の特徴がその身体のどこかに宿り、人でありながら高い霊力と神より賜った妖力。双方を同時に使いこなす寵愛を受けし存在、それが先祖返りである。
「う、うそだ……」
その記述を読んだ瞬間、僕は自身の手汗で本を地面に滑り落した。
額から幾筋もの冷汗が伝う。心臓が、表面に出てきたと思うほど大きく脈を打つ。
それが本当なら、結一郎兄様は半妖ですらない。
兄様の母親は、本当に不貞など働いていなかったのだ。
「こっ、こんなもの!!」
僕は本を蹴りつけてページをすり潰した。
これを兄に知られる訳にはいかない。ましてや使用人や分家などに、知らされてなるものか!
「次期当主は僕だ!!そうですよねお父様……!?」
僕は脇目も振らずに書庫を後にした。
屋敷を一目散に駆け、病に伏せるお父様の自室の前まで辿り着いた。
襖に手を当てて引こうとした所で、お父様が誰かと会話している事に気付いて手を止めた。
「結一郎、本当にすまなかった……!」
弱々しく響いた声はお父様のものだ。
襖を少し開いて中を覗き見る。お父様が震える体を折り曲げて必死に頭を下げている。あいつに……結一郎兄様に。
「儂が愚かだった。お前は龍神様の寵愛を受けし先祖返りだ」
「お父様、もう充分です。お顔を上げてください……!」
「先ほど血液検査の結果が返ってきた。お前は間違いなくこの壬生家の直系であり、儂の息子だ」
「……お父様」
「儂はもう長くない。死んだらこの遺言書を開けてくれ」
「お父様、お身体に障ります。どうか、無理をなさらないで下さい……」
「結一郎。儂の名において宣言する。次の壬生家の当主は——お前だ」
その言葉を最後に、会話は聞こえなかった。
いや、僕の耳をすり抜けたと言った方が正しいのかもしれない。
兄様が当主?……僕ではなくて?
柱の陰に体を移動させ、息を殺して座り込む。
襖を開けて兄様が退席するのを、気取られないように睨みつけた。
兄の気配が完全に無くなった瞬間、僕は即座にお父様の部屋の襖を開けた。
「お父様!!」
病を患って以来、お父様にかつての壮健さはは感じられない。
布団に横たわるお父様の胸ぐらを掴み、強引に引き寄せた。
「お父様、先ほど兄様と何を話していたのです!?当主は、当主はこの僕ですよね!?」
「当主は結一郎だ」
お父様の青の瞳が俺を射抜く。その声は、病人とは思えない程の威厳に満ちている。
「嘘ですよねお父様!?こんな……こんな診断書はデタラメだ!あんな不義の子が壬生家の当主だなんて冗談じゃない!!」
「全て事実だ。結次、お前では……力不足……グッ!」
お父様がえずく。ゲホゲホと咳き込んで発作を起こし始めた。
僕は驚いて、お父様から手を離した。
「おっ、お父様!?」
「結次、薬を……薬を、取ってくれ……ッ!」
「は、はいっ!」
僕は慌てて立ち上がり、文机から薬瓶を手に取った。
振り返った瞬間、ゴト、とお父様の頭が枕からずり落ちた。
「あ……」
白目を剥く顔からは、一切の生気が感じられない。
お父様の絶命を直感した瞬間、僕の頭が急速に冷えていった。
「貴方が悪いんですよ、お父様」
震え交じりの呟きが畳に吸い込まれる。
僕は音を立てないようにそっと薬瓶を持ったまま外に出た。
「兄様、お父様がお呼びです。大至急、お父様の私室へ向かって下さい」
「……分かった」
兄が居なくなった隙に、お父様の自室から持ってきた薬瓶を部屋の中に放り投げた。
「おいお前達、僕に付いて来い」
手の空いている使用人を複数人連れ、兄が入っていったのを見計らってお父様の自室に向かった。
「お父様……?お父様!!」
室内で兄の叫び声が響くのを、僕は笑いを堪えながら耳にした。
僕は駆け出し、勢い良くお父様の自室の扉を開く。
そこにはこと切れたお父様と、お父様に縋りつく兄様の姿があった。
ああ、完璧だ。
僕は肺に息を送り込んで、憤怒の形相で叫んだ。
「貴様……!よくもお父様を殺したな!!」
「っ……!?」
兄がびくりと肩を震わせる。僕の後ろに居た使用人達が、驚愕に顔を染め上げる。
僕は使用人達に命じた。
「おい!お父様の薬瓶が無いぞ!!お前!兄様の私室を探して来い!!」
「は、はい!!」
「兄様を捕らえろ!!そいつはお父様を殺害した、汚らわしい不義の子だぞ!?」
「違う!俺が入室した時は、お父様はすでにこと切れていたんだ!!」
使用人に捕らえられ、畳に顔を押しつけられた兄様が必死に叫び声を上げる。
ああ、愉快でしょうがない。
そうだ、こいつが悪いんだ。
僕よりも秀でているから。僕を差し置いて、当主になんてなろうとするから。
僕は苦痛に顔を歪める兄に向かって指をさし、当主らしくはっきり宣言した。
「不義の子である貴方を、それでもお父様は温情をかけてこの家においてやったと言うのに!恩を仇で返す不届き者が!!貴方の様な無礼者は東の地に居る事すら許さない!」
「結次!話を聞いてくれ!誤解なんだ!!」
「黙れ!!今日限りで貴方は破門だ。西の徒花楼で、死ぬまで卑下た人間や妖の相手をするのがお似合いなんですよ。だって貴方は――汚らわしい半妖なんですから」
「……ッ……!!」
その時の兄の顔は忘れられない。
眉根を下げて、光の陰った目を見開いて俺を見上げたあの、絶望に染まり切った顔は。
こうして兄は、先祖返りの事実を誰に知られる事も無く東の地から追放された。西の斉明寺領は華やかだが、博徒などの噂も絶えないきな臭い土地だ。
半妖と見まがう容姿の兄を身受けするような物好きなんて居やしない。
お父様も兄様も居なくなった壬生領は、自動的に僕が当主となり納める事になった。
全てがあるべき場所に収まった。……そう、思っていたのに。
「どうして、空が晴れないんだ……!?」
兄を追放した日から空が分厚い雲に覆われ、日の光が差し込まない。
東の地は作物の生育不良に見舞われ、時折荒れ狂った様な津波にすら見舞われる。
「龍神様、どうしてですか!?どうして僕を認めて下さらないのです!?どうして、太陽を覆い隠すのです……!?」
神祠御殿で幾度御神楽舞を披露しようと、少しの間雨が止むだけで晴天が壬生領を満たす事は無い。
こうなっては、分家や壬生家の使用人も僕への不信感を募らせる一方だ。
「やはり、結一郎様に追放などを言い出すべきではなかったのではないでしょうか?」
「全くです。現に結一郎様が居なくなってから、東の地は全く晴れておりませんのよ」
「黙れ!!」
僕をたしなめに来た分家の貴族に本を投げつる。
壁に直撃した本が、乱雑に地面に落とされた。
「僕が舞を披露すれば雨は止むだろう!?分家筋の癖に!当主の僕を貶めるつもりか!?」
「ヒッ……!?もっ、申し訳ございません!!」
バタバタと逃げ帰る分家に青筋を立て、文机に掛け直す。
僕は間違ってなどいない。兄様の方が秀でているなど――断じてありえない!!
◆
そして現在。
相も変わらず霧雨が壬生領を包んでいる。
雨による不作は深刻化し、頭が痛くなるような数の書類仕事は積み重なるばかりだ。
クソッ!なぜ晴れない!?……どうしてだ!?
「……あの、結次様」
「なんだ!?」
僕が威嚇するように睨みつけると、使用人がびくりと肩を跳ねさせる。
使用人は化粧でも隠し切れない程の濃い隈の付いた目を伏せながら、おずおずと口を開く。
「結次様にお、お客人が来ております。……二人きりで、お話がしたいそうで」
「はあ?今日は訪問の予定なんて無い筈だろう?」
「そ、それが……結一郎、様です」
その名を聞いた瞬間、僕は目を限界まで見開いた。
To Be Continued……
「嘘だ」
それが、久方ぶりに兄を見て口から滑り落ちた最初の言葉だった。
神祠御殿内は騒然としていた。
神祠御殿——東の龍神様を祀る屋敷の最奥に座す庭園。浮世から隔絶された石造りの枯山水式庭園の中央で、藍色の長袴に白衣姿の兄が御神楽舞を披露した。
兄が舞の最後に翡翠色の破魔弓で空を射抜いた瞬間、暗雲が立ち込めていた空に一条の光が差し込んだ。
薄汚れた銀髪に日の光が差し込み、雨上がりの虹の様な輝きを宿す。兄の場所を中心に、晴れ間が広がっていく。
一瞬、空中に真珠のような艶やかな白い鱗を持った神龍——龍神様の姿が見えた。それは、龍神様に認められた証だ。
「う、嘘だ。そんな……っ!」
「ああ、儂は何て事を……!!結一郎。あいつは、あいつは……っう、うぐ……!」
「お父様!?」
僕の隣に居たお父様が卒倒するように石畳に倒れ込む。僕は慌ててお父様を抱き留めた。
お父様は青ざめた顔で、こちらに駆け寄る兄を見た。
「あいつは、先祖返りだ……!」
その言葉を最後に、父は気を失った。
◇
その日から、周りが結一郎兄様を見る目が急激に変わった。
兄は母屋に自室を与えられて、使用人も付けられる様になった。
「ご存じ?結一郎様はとても所作がお美しいのよ」
「我々の様な下々の者にも礼儀正しく接して頂いて……」
「この間は学校の近くに出現した化け蜘蛛をお一人で倒されたとか」
「成績も申し分ないそうじゃない?今まで家庭教師も碌に付けられなかったのに、素晴らしいわ」
流麗な所作、高い霊力、凶暴な妖を撃退する鮮やかな体捌き。
学校からの通知表も文句の付け所が無い。
僕が今まで蔑んでいた兄は、その身体的特徴以外、何もかもが僕より優れていたのだ。
「ねえ、ずっと思っていたのだけれど……結一郎様の頬の鱗は、御神楽舞の時に見た龍神様の鱗とよく似ていると思わない?」
ガンッと廊下の柱を力任せに殴る。
噂話に花を咲かせる侍女達を睨みつけると、侍女は青ざめながらそそくさとその場を後にした。
ギリッと歯を噛み締める。口の中に血の味が滲む。
「……ふざけるな」
許さない。そんな事は認めない。
どうして家庭教師を付けていた僕よりも成績が良い?
どうしてまともに育てられなかったくせにそこまで能力が高い?
どうして、巫女巫覡ですら手を焼いていた妖を下せる?
『あいつは、先祖返り、だ……!』
「まさか……っ!」
御神楽舞の時のお父様の言葉を思い出し、僕は書庫へと走った。
書庫の扉を乱暴に開けて古い書籍を漁る。幼い頃、お父様に教えて貰った事がある。
神を祀る四家には稀に、神の寵愛を受けし先祖返りが生まれる事があると。
「あった!これだ!!」
黄ばんだ古い本を棚の奥から引っ張り出して開く。
そこに、先祖返りの記述が記されていた。
【先祖返り】
先祖返りは華族の直系に稀に生れ落ちる。
祀る神の特徴がその身体のどこかに宿り、人でありながら高い霊力と神より賜った妖力。双方を同時に使いこなす寵愛を受けし存在、それが先祖返りである。
「う、うそだ……」
その記述を読んだ瞬間、僕は自身の手汗で本を地面に滑り落した。
額から幾筋もの冷汗が伝う。心臓が、表面に出てきたと思うほど大きく脈を打つ。
それが本当なら、結一郎兄様は半妖ですらない。
兄様の母親は、本当に不貞など働いていなかったのだ。
「こっ、こんなもの!!」
僕は本を蹴りつけてページをすり潰した。
これを兄に知られる訳にはいかない。ましてや使用人や分家などに、知らされてなるものか!
「次期当主は僕だ!!そうですよねお父様……!?」
僕は脇目も振らずに書庫を後にした。
屋敷を一目散に駆け、病に伏せるお父様の自室の前まで辿り着いた。
襖に手を当てて引こうとした所で、お父様が誰かと会話している事に気付いて手を止めた。
「結一郎、本当にすまなかった……!」
弱々しく響いた声はお父様のものだ。
襖を少し開いて中を覗き見る。お父様が震える体を折り曲げて必死に頭を下げている。あいつに……結一郎兄様に。
「儂が愚かだった。お前は龍神様の寵愛を受けし先祖返りだ」
「お父様、もう充分です。お顔を上げてください……!」
「先ほど血液検査の結果が返ってきた。お前は間違いなくこの壬生家の直系であり、儂の息子だ」
「……お父様」
「儂はもう長くない。死んだらこの遺言書を開けてくれ」
「お父様、お身体に障ります。どうか、無理をなさらないで下さい……」
「結一郎。儂の名において宣言する。次の壬生家の当主は——お前だ」
その言葉を最後に、会話は聞こえなかった。
いや、僕の耳をすり抜けたと言った方が正しいのかもしれない。
兄様が当主?……僕ではなくて?
柱の陰に体を移動させ、息を殺して座り込む。
襖を開けて兄様が退席するのを、気取られないように睨みつけた。
兄の気配が完全に無くなった瞬間、僕は即座にお父様の部屋の襖を開けた。
「お父様!!」
病を患って以来、お父様にかつての壮健さはは感じられない。
布団に横たわるお父様の胸ぐらを掴み、強引に引き寄せた。
「お父様、先ほど兄様と何を話していたのです!?当主は、当主はこの僕ですよね!?」
「当主は結一郎だ」
お父様の青の瞳が俺を射抜く。その声は、病人とは思えない程の威厳に満ちている。
「嘘ですよねお父様!?こんな……こんな診断書はデタラメだ!あんな不義の子が壬生家の当主だなんて冗談じゃない!!」
「全て事実だ。結次、お前では……力不足……グッ!」
お父様がえずく。ゲホゲホと咳き込んで発作を起こし始めた。
僕は驚いて、お父様から手を離した。
「おっ、お父様!?」
「結次、薬を……薬を、取ってくれ……ッ!」
「は、はいっ!」
僕は慌てて立ち上がり、文机から薬瓶を手に取った。
振り返った瞬間、ゴト、とお父様の頭が枕からずり落ちた。
「あ……」
白目を剥く顔からは、一切の生気が感じられない。
お父様の絶命を直感した瞬間、僕の頭が急速に冷えていった。
「貴方が悪いんですよ、お父様」
震え交じりの呟きが畳に吸い込まれる。
僕は音を立てないようにそっと薬瓶を持ったまま外に出た。
「兄様、お父様がお呼びです。大至急、お父様の私室へ向かって下さい」
「……分かった」
兄が居なくなった隙に、お父様の自室から持ってきた薬瓶を部屋の中に放り投げた。
「おいお前達、僕に付いて来い」
手の空いている使用人を複数人連れ、兄が入っていったのを見計らってお父様の自室に向かった。
「お父様……?お父様!!」
室内で兄の叫び声が響くのを、僕は笑いを堪えながら耳にした。
僕は駆け出し、勢い良くお父様の自室の扉を開く。
そこにはこと切れたお父様と、お父様に縋りつく兄様の姿があった。
ああ、完璧だ。
僕は肺に息を送り込んで、憤怒の形相で叫んだ。
「貴様……!よくもお父様を殺したな!!」
「っ……!?」
兄がびくりと肩を震わせる。僕の後ろに居た使用人達が、驚愕に顔を染め上げる。
僕は使用人達に命じた。
「おい!お父様の薬瓶が無いぞ!!お前!兄様の私室を探して来い!!」
「は、はい!!」
「兄様を捕らえろ!!そいつはお父様を殺害した、汚らわしい不義の子だぞ!?」
「違う!俺が入室した時は、お父様はすでにこと切れていたんだ!!」
使用人に捕らえられ、畳に顔を押しつけられた兄様が必死に叫び声を上げる。
ああ、愉快でしょうがない。
そうだ、こいつが悪いんだ。
僕よりも秀でているから。僕を差し置いて、当主になんてなろうとするから。
僕は苦痛に顔を歪める兄に向かって指をさし、当主らしくはっきり宣言した。
「不義の子である貴方を、それでもお父様は温情をかけてこの家においてやったと言うのに!恩を仇で返す不届き者が!!貴方の様な無礼者は東の地に居る事すら許さない!」
「結次!話を聞いてくれ!誤解なんだ!!」
「黙れ!!今日限りで貴方は破門だ。西の徒花楼で、死ぬまで卑下た人間や妖の相手をするのがお似合いなんですよ。だって貴方は――汚らわしい半妖なんですから」
「……ッ……!!」
その時の兄の顔は忘れられない。
眉根を下げて、光の陰った目を見開いて俺を見上げたあの、絶望に染まり切った顔は。
こうして兄は、先祖返りの事実を誰に知られる事も無く東の地から追放された。西の斉明寺領は華やかだが、博徒などの噂も絶えないきな臭い土地だ。
半妖と見まがう容姿の兄を身受けするような物好きなんて居やしない。
お父様も兄様も居なくなった壬生領は、自動的に僕が当主となり納める事になった。
全てがあるべき場所に収まった。……そう、思っていたのに。
「どうして、空が晴れないんだ……!?」
兄を追放した日から空が分厚い雲に覆われ、日の光が差し込まない。
東の地は作物の生育不良に見舞われ、時折荒れ狂った様な津波にすら見舞われる。
「龍神様、どうしてですか!?どうして僕を認めて下さらないのです!?どうして、太陽を覆い隠すのです……!?」
神祠御殿で幾度御神楽舞を披露しようと、少しの間雨が止むだけで晴天が壬生領を満たす事は無い。
こうなっては、分家や壬生家の使用人も僕への不信感を募らせる一方だ。
「やはり、結一郎様に追放などを言い出すべきではなかったのではないでしょうか?」
「全くです。現に結一郎様が居なくなってから、東の地は全く晴れておりませんのよ」
「黙れ!!」
僕をたしなめに来た分家の貴族に本を投げつる。
壁に直撃した本が、乱雑に地面に落とされた。
「僕が舞を披露すれば雨は止むだろう!?分家筋の癖に!当主の僕を貶めるつもりか!?」
「ヒッ……!?もっ、申し訳ございません!!」
バタバタと逃げ帰る分家に青筋を立て、文机に掛け直す。
僕は間違ってなどいない。兄様の方が秀でているなど――断じてありえない!!
◆
そして現在。
相も変わらず霧雨が壬生領を包んでいる。
雨による不作は深刻化し、頭が痛くなるような数の書類仕事は積み重なるばかりだ。
クソッ!なぜ晴れない!?……どうしてだ!?
「……あの、結次様」
「なんだ!?」
僕が威嚇するように睨みつけると、使用人がびくりと肩を跳ねさせる。
使用人は化粧でも隠し切れない程の濃い隈の付いた目を伏せながら、おずおずと口を開く。
「結次様にお、お客人が来ております。……二人きりで、お話がしたいそうで」
「はあ?今日は訪問の予定なんて無い筈だろう?」
「そ、それが……結一郎、様です」
その名を聞いた瞬間、僕は目を限界まで見開いた。
To Be Continued……



