【悪女の勅命】

ユヅルが私を庇う様に前に立ち、懐から取り出した短い弓矢の様な武器――投げ羽を数本放つ。投げ羽は的確にがしゃどくろの関節を貫き、ボロボロと骨が崩れ落ちた。
がしゃどくろの腕が周囲の貴族に向かって振り下ろされる前に、私は懐から取り出した護符を投擲してその骨を焼き切った。

「貴方達!早く逃げなさい!!」
「あっ、ありがとうございます!澄華様!!」

逃げ惑う周囲を庇いながら前を向くと、がしゃどくろと対峙したユヅルが懐から炎の護符を取り出し、指の間に挟んだ投げ羽に巻き付けた。
ユヅルが空いている方の手を広げて、低く呟く。

「顕現しろ」

ユヅルの手元が藍色の光に包まれ、そこから翡翠色の破魔弓が出現する。
ユヅルが手の平ほどの長さの投げ羽を構えると、投げ羽が青の光を纏って弓矢ほどの長さに伸びた。
その矢を弓にかけてギリギリと引き絞る。先端に巻き付けられた護符から青い炎が巻き上がって、ユヅルの銀髪を巻き上げる。

「人ならざる妖、がしゃどくろ」

ユヅルががしゃどくろの頭蓋骨に照準を合わせる。
露になった金色の瞳が、炎を映して鋭い輝きを宿す。

「皮と中身を無くしたお前は、灰と化すのがお似合いだ」

ユヅルが練り上げた霊力を開放し、護符の付いた矢をしゃどくろの頭蓋骨目がけて放った。

――――グ、ギ、ギイィイイイ――――ッ――――!!!

炎を纏った矢が頭蓋骨の数珠に直撃して弾ける。がしゃどくろがのたうち回り、全身が炎にのみ込まれながら崩れ落ちていく。その様は、さながら火葬だわ。
がしゃどくろはユヅルの宣言通りに、灰をまき散らしながら跡形も無く霧散した。
私は目を見開いてユヅルを見つめた。……彼のどこに、こんな力が。

「お嬢様!お怪我は!?」
「私はなんともな——っ!?」
「お義姉様!お義姉様大丈夫ですか!?」

ユヅルの脇をすり抜けて、百華が素早く私の肩に腕を回した。
百華が私に抱き着いた拍子に、何かをカーペットに落とした。

「あら?お義姉様、これは何ですか?」

それを目で追った私は、自分の視界を疑った。
――それはがしゃどくろの頭にも付いていた、契約の黒い数珠だ。
腰を抜かして動けない使用人を乱暴にかき分けながら、お父様が私達に近づく。

「澄華。貴様、そこまで妹が憎いか」
「何を言って……っ!」
「妖に百華を襲わせるなど言語道断だ!もう許せん!貴様のような悪辣な女狐は徒花楼送りだ!!百人刑に処せ!!」
「お父様何を見ていたの!?これは百華が落としたのよ!」

私は見た。
私に抱き着く百華の手に黒い数珠が握られていたのを。
そもそもどう見ても、がしゃどくろは初めから私を狙っていたじゃない!

「貴様ら何を呆けておる!?その女を捕らえろ!」
「はっ、はい!!」
「旦那様!お待ち下さい!!」
「そこの半妖も捕らえろ!何をしでかすか分からん!」

使用人達が慌てふためきながら私に迫る。
私の元に駆け寄ろうとしたユヅルを、大勢の使用人達が取り囲んだ。

「お義姉様……。私達、分かり合えないんですね……」

私の肩に顔を埋めた百華がフルフルと震える。
その顔がぱっと上を向く。百華の浮かべた表情は――喜色満面だった。

「今生の別れなんて寂しいです、お義姉様あっ!……――なーんて、嘘だけどね♡」
「ッ……!?」
「徒花楼で百人も小汚い妖や人間の相手をしなきゃいけないなんてほんっとーに恐ろしいですねえ!あたし絶対無理ですぅ~!」

百華がギリギリと私の腕を掴んで爪を立ててくる。
至近距離で私の顔を覗き込むと、嘲るように眉を下げて口角を吊り上げた。

「これで斉明寺家はぜーんぶあたしの物。……永遠にさようなら、おバカな女狐お義姉様っ♪」
「……ッ!貴様ァ!!」

私が声を荒げると、百華はするりと私の身体から手を離してわざとらしく悲鳴を上げた。

「きゃああっ!だっ、誰か助けて下さい!お義姉様が!」
「何をしておる!?使用人共!早く澄華を徒花楼に連行しろ!!」

使用人達が束になって私に掴みかかり、体勢を崩した私は頭や腕を乱暴にカーペットに押し付けられる。

「離しなさい!!私を誰だと思っているの!?」
「お嬢様!!」
「ユヅル……っ!」

私と同じように使用人達に地面に押さえ付けられながら、ユヅルが必死に私に向かって手を伸ばす。
手を伸ばしたくとも、手を拘束された私には視線を投げる事しか出来ない。
拘束された私は、無理矢理立たされて会場から連行される。

「お嬢さ……ッ、澄華様!!」

ユヅルが声を張り上げる。
鋭く凛とした声は、混沌と化す雑踏の中でもはっきりと私の耳に届いた。

「俺が絶対に貴女を救い出します!!どうかお待ち下さい!……貴女には、俺がいます!!」
「ユヅル……っ!」

私の目が布に覆われる。
最後に見たのは、私を映した意志の強い金色の瞳だった――。



ぎしぎしと不安定な木の板が張られた床を、手に掛けられた荒縄を引かれるがままに歩を進める。目を塞がれていても分かる。この何種類もの香水がぐちゃぐちゃに混ざり合った独特の臭気は――徒花楼だわ。

「澄華様。ここが貴女様の牢です」

目を覆う布がはらりと解かれ、おそるおそる目を開けた。
私は、木製の柵の中に閉じ込められていた。

「これが貴女様の罪状です」

白い狐耳に尻尾を靡かせたあどけない容姿の守衛が、牢の隙間から紙を差し出す。
私は拘束された腕を伸ばす。腕を縛る荒縄の繊維は、腕を動かす度に私の肌を擦り切ってゆく。
苦心しながら開いた書状には、太い墨字でこう記されていた。

――澄華ヲ百人刑トス。

「ヒッ……!」

思わず書状を取り落とした。動揺で頭がぐらぐらして、無意識に呼吸が浅くなる。

「冤罪よ!私はがしゃどくろの使役なんてしていませんわ!」
「貴女様は以前より、徒花楼の環境改善にも目を配って頂いた事は感謝しております。……ですが、斉明寺家当主の命ですので」

天狐の守衛の言葉に動悸が激しくなる。
当主とは誰?お父様?それとも……あの女?
『これで斉明寺家はぜーんぶあたしの物』

「あの女ァ……っ!!」

勝ち誇ったような百華の顔を思い出して血が沸騰する。許せない。この私をあそこまでコケにするなんて……っ!

「初めはなるべく気性の穏やかな者を寄越します。……早々に壊れては困りますので」
「……ッ!?」
「それまで少々お待ち下さい」

天狐の守衛の言葉に沸き立った血の気が一瞬で引いて青ざめる。木の柵に手を掛け、必死で守衛を呼び止める。

「待ちなさい!……待って!!私は、いつまでここに居なければいけないの!?」
「お待ち下さい。……ご指名がかかるまで」

天狐の守衛は肩越しに私を一瞥すると、白い尻尾を揺らしながら牢獄を後にした。

「……うそよ」

私は力なく地面にへたり込む。冷たくて硬い石の感触が肌を打つ。
何なのこの仕打ちは?何故罪も犯していないのに、こんな所に収監されなければならないの?

「…………」

喉が渇いて言葉が出てこない。
私は恐怖に顔を歪めながら、頼りなく揺れる廊下の鬼火を見つめるしかなかった。



sideユヅル

「出ていけ!汚らわしい半妖が!貴様も破門だ!」

斉明寺家の門の外に突き飛ばされると同時に、バシャリと汚水をひっくり返されて全身がずぶ濡れになる。
俺は閉じられる門扉に向かって懸命に叫んだ。

「澄華様は冤罪です!どうか再考して下さい!!」
「はっ。当主の儂の言葉が何よりも正しいのだ」
「旦那様!!」
「黙れ!!儂の娘は百華只一人だ!とっとと野垂れ死ね!生きる価値の無い半妖が!!」

ガァン!とけたたましい音を立て、門扉が拒絶の意を示すように閉じられた。
俺は唇を噛み締めて項垂れる。ぼたぼたと髪から汚水が流れ、握りしめて爪の跡が付いた地面に滴り落ちる。
夜風が水の温度を下げる。その肌を刺すほどの冷たさに古い記憶が蘇る。東の地に居た時の、忌まわしい記憶が。

『貴方はこの家の汚点だ。貴方が息を吸う事すら不快だ』
『あ~あ醜いなあ。半妖なんて生きているだけで不自由で嫌になっちゃうよね?――早く死ねよ』

自分の頬に走る鱗に爪を立てる。
端から再生する力すら疎ましい。半妖と言うだけで虐げる貴族達が、無力な自分自身が……許せない。

「貴族なんて所詮、どの領地も変わりはしない……っ!」

その瞬間、キイっと閉じられた門扉が開いた。そこから現れたのは――斉明寺家 百華だった。
百華は悲し気に眉尻を下げ、俺の傍に膝を付く。

「ああユヅルさん。なんて可哀そうなの」
「……百華、様」
「私は貴方の事、半妖だから恐ろしいなんてちっとも思わないわ」
「……」
「私ね、ずっと貴方をお義姉様から解放したいと思っていたの」

この女は何を言っているんだ?自分の手で澄華様を陥れておいて。
百華がふわりと天女の様な、不気味なほど慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。

「だからユヅルさん。お義姉様の事なんて忘れて、私の専属執事になりませんか?」

その言葉に、俺は水の滴る口元を拭って即座に告げた。

「お断りします」
「えっ?」
「お断りします。俺の主は、生涯澄華様只一人です」

俺は立ち上がり、手を伸ばそうとする百華から距離を取った。
そして、形ばかりの一礼をする。

「短い間ですがお世話になりました。俺は、これで」
「……そう」

百華がポツリと呟く。
宵闇に輝く月明りが、百華の顔に暗い影を落とす。

「せっかくの私の誘いを断るなんて酷い人。……でしたら、さようなら」

百華が踵を返し、門扉の奥に消えていった。

「……」

人の気配が完全になくなった瞬間、俺は懐から一冊の帳簿を取り出した。
多少濡れてしまっているが問題無い。不用意に近寄られて、これの存在に気付かれたらたまらない。

「ユヅル様!!」
「……清春?」

路地から俺の元に駆け付けたのは、黒髪に青い瞳のサトリ――清春だった。
俺はずぶ濡れの燕尾服を脱ぐと、清春に向き直って頭を下げた。

「清春。お前に頼みがある」
「ゆっ、ユヅル様!?」
「澄華様を救いたい。どうか協力してくれ。お前の力が必要なんだ」
「かっ、顔を上げてください!俺に出来る事なら何だってしますから!」

俺の両肩を清春が掴み、折っていた上半身が戻される。
その手の温かさと言葉に、俺はふっと眦を緩めた。

「すまない……。ありがとう」
「社交パーティーでの顛末は耳に入っております。……ユヅル様は、これからどうするおつもりですか……?」
「まずは五十鈴 薫子殿にお目通り願いたい。極楽蓮華へ、共に来てくれ」

澄華様。俺が必ず、貴女を徒花楼から救い出します。
俺は拒絶するように閉じられた斉明寺家の門に、鋭い視線を送った——。

To Be Continued……