【悪女の勅命】

「……――は?」

目は確かに開けているのに、視界が真っ暗になった様な錯覚を起こす。
何を言っているの?斉明寺家から破門?……この私が?
扇子に隠された唇から冷たい声が零れる。

「理由をお伺いしても?」
「百華さんを散々虐めておいて何をとぼける!?この悪女め!」
「貴方には聞いていなくってよ!」
「口を慎め!僕はもう貴女の命令なんか聞かないぞ!!」
「澄華!貴様の行いは目に余る!使用人達への高圧的な態度、百華への度重なる狼藉!上げても上げても切りが無い!貴様のような女が斉明寺を名乗るなぞ一族の恥晒しだ!」

横槍を入れる夏生を一喝するが、夏生は引くことなく更に一歩踏み出した。
お父様の目が血走り、会場内に轟く程の激しい剣幕を見せつけた。

「心の底から百華に謝罪し、二度と我が家の敷地を跨ぐな!この女狐が!!」

私は俯いた。
バシッと扇子を畳むと、震える唇を開いた。

「……は」

この震えは畏怖では無い。――腹の奥から迫り上げる、怒りだ。

「恥晒しはどっちよ!!」

会場全てに響くほどの声を張り上げる。
今まで抑え込んでいた怒りが、私の口を突いて溢れ出した。

「そんな女が誇りある斉明寺家の娘だなんて片腹痛いわ!結局ひと月与えても、作法もダンスも振る舞いも、何もかもままならないじゃない!外で作って来た女が妙齢になったら今更娘ですって!?冗談も大概になさい!!」
「おっ、お義姉様ひどい……!私は毎日努力しております!お義姉様以外の斉明寺家の皆さんは、全員私を好いて下さいますのに……っ!」
「そうね。確かに貴女は教師の方々とも大層"仲がよろしい"わ。だというのに、この場にふさわしい一般的な作法すら身に付かないとはどういう事かしら?」
「ッ……!?」

百華がカアァっと顔を赤く染めてグッと黙り込む。そんな百華の肩を夏生が抱いて、私を睨みつける。

「百華さんを虐めるな!彼女は平民上がりなんだぞ!?」
「では今夜のパーティーに参加するのは辞退すればよろしいのではなくって?よくもそんな中途半端な状態で堂々と登壇出来たものよ」
「この期に及んでまだ百華さんを傷つけるつもりか!この性悪が!」
「二枚舌の部外者は引っ込んでいなさい!」
「何だと!?僕は百華さんの婚約者で、斉明寺家の跡取りだぞ!」
「私にとっては既に赤の他人よ!この愚図!!」

百華の隣で喧しく吠える夏生を𠮟り飛ばす。
夜会では私に迫っておいて、どの面下げて百華と一緒に糾弾しているのよ!

「……どい……」

喧騒の中、百華がフルフルと震えながらポツリと呟いた。

「ひどい……っ!公衆の面前で私を辱めるなんて!ねえ、皆さん!こんな事をする方が次代の当主よろしいと、皆さんはそうお考えなのですか……!?」

百華の零した涙がシャンデリアの光で煌めく。その様はさながら可憐な少女そのもの。でも、これから人の上に立とうという者が泣き落としだなんて言語道断よ。
ぽろぽろと大粒の涙を溢しながら百華が周りの貴族を見つめると、貴族達は百華に賛同するように声を上げ始めた。

「確かに、今の澄華様の態度は頂けないよな……」
「今までも澄華様の行いに耐えられず侍女が何人も辞めたとか。幼少の時より、あまり良い噂を聞きませんもの」
「人が寄り付かないのよ。だって……醜い半妖を専属執事にしているのですもの」
「ッ……!」

周囲の視線が私の後ろに控えるユヅルに刺さる。
ユヅルはグッと唇を噛み締めて、頬の鱗を隠すように俯いた。
半妖だからなんだと言うのよ。
そんな事が、私に仕えるにおいて何の障害になるというの?

「……うふふっ」

夏生の裾に隠れた百華が勝ち誇った様に口角を上げる。
あれがあの女の本性かしら?……そういう顔をする時は扇子で表情を隠すのが貴族の基本よ、田舎娘が。

「あら、そうかしら?」

私に非難の声を上げる貴族の間を縫って、薫子が凛とした声を発して前に進み出る。
周りの貴族が、一斉に薫子を見た。

「澄華様は亡きお母様に代わって精力的に西の公務をされておりますわ。幼い頃より極楽蓮華、ひいては徒花楼の環境改善にまで心を配って下さいました。澄華様以外の斉明寺家のお方からのご支援は、楼主のわたくしの名において受けていないとはっきり申す事が出来ます。……皆さんも、お心当たりがあるのではありませんか?」

薫子の声にお父様がぎくりと肩を跳ねさせ、周囲の貴族達も眉を顰めた。
そうよね。お父様は公務と称して極楽蓮華に行った時も、私を放って遊女と遊びに耽るばかりでしたものね。

「失礼を承知で申し上げますが、私は今の百華様に澄華様ほどの功績を上げられるとは思えませんわ」

背筋を伸ばしてきっぱりと告げられた薫子の言葉に、貴族達の百華を讃える声がぴたりと止んだ。

「……えっ?」

場の雰囲気を敏感に感じ取った百華が顔を強張らせ、前に進み出ながらぎこちない笑みを張り付ける。

「ど、どうしたのですか皆さん。そんな心配をなさらずとも、これからはお父様や夏生さんがしっかりと公務をやって下さいますよ。当主になれば、私も精一杯お手伝いしますし……」

百華の言葉に周りの貴族達は揃って難色を示し始める。
当り前よね。当主となる女が家業を”手伝う”だなんて、そんな他人行儀な言葉では響きませんものね。

「……どうして?」

百華が唇を戦慄かせてゆらりと私の方に一歩踏み出した。
紅玉色の瞳には、私への非難の色がありありと浮かんでいる。百華が俯きながら、ぶつぶつと呪詛のような言葉を並べる。

「どうして皆分かってくれないの?誰がどう見たって全部お義姉様が悪いじゃない。あたしがお義姉様に虐められたのだって、本当なのに……っ!」

私は背筋を伸ばしながら唇を引き結んだ。
百華に厳しい態度を取った事を否定するつもりはないわ。だって貴女の態度が、目に余るほど無礼だったのだから。

「……なんで、あの女ばっかり」

百華が頬に爪を立てて低く呟いた瞬間、周りに霊力を纏った風が吹く。百華の霊力がぐらぐらと不安定に揺れながら乱れていくのを肌で感じ、ハッと目を見開いた。その濃い霊力はまるで、妖を召喚する前触れの様に膨れ上がる。

「百華!今すぐにその霊力を制御なさい!!」

私の声を弾くように大きく首を左右に振ると、百華は大きく息を吸う。そして、霊力をありったけ込めて叫んだ。

「お義姉様なんか……っ!お義姉様なんか、断罪されてしまえばいいのよ!!」

霊力の籠った言葉が会場中に放たれた瞬間、百華の背後の壁にビキビキとヒビが走った。
乳白色の壁がガラガラと音を立てて崩れ、人一人を包み込めそうなほどの巨大な骨の手が、百華に向かって伸びる。

――――ギ、ギギ――――ッ――――

壁を突き破って現れたのは、六尺はあろうかという巨体を持ったがしゃどくろだ。
頭蓋骨に巻かれた黒い数珠がシャンデリアの光を吸い込むように輝き、空洞の瞳の奥に宿る光が、ギロリと私を見据えた。

「きっ、きゃああああああああああ!!」
「うわあああああ!妖だ!!」

パーティー会場が騒然となり、ドレスとタキシードを振り乱しながら貴族達が一目散にがしゃどくろから距離を取る。

「うわああああああ!助けてくれええええええ!!」
「百華は儂と共に来い!貴様ら何を呆けてる!?命を賭して儂らを守らぬか間抜け共!!」
「ひっ、ひぃいいいいいい!」

夏生が腰を抜かしながらみっともなくカーペットを這う。お父様に連れられて頭を伏せる百華と、ガタガタと震えながらかろうじてその前に立つ使用人達。なんてみっともないの。あれが西を統べる華族の姿かしら?
がしゃどくろは百華達に見向きもせずに真っすぐ私に手を伸ばすと、私の頭を鷲掴もうと指の骨をギシギシと蠢かせた。
私は懐からユヅルに渡された炎の護符を取り出し、がしゃどくろの腕目がけて投擲した。

――――ギ、ギイィイイイ――――ッ――――

がしゃどくろは護符から放たれた紅い炎に苦しみ、もがくように腕を振り上げた。
ユヅルの言った通りだわ。骨の妖は良く焼けるわね。
空洞のはずの目の部分から殺気を感じると同時に、もう片方の手が振り上げられる。無骨な骨が私に向かって振り下ろされた。
その瞬間私の目の前に、漆黒の影が躍り出た。

「お下がりください!お嬢様!!」

露になった金色の瞳がキッと眇められる。
私の前に立ったユヅルが、がしゃどくろの前に立ち塞がった——。

To Be Continued……