【悪女の勅命】

斉明寺領のレンガ通りを、馬車が静かに走行する。
私は車窓から星の無い暗い夜空を見つめ、ユヅルと共に西の貴族が集うパーティーに向かっていた。
風がカタカタと馬車の窓を揺らしている。

「少し、風が強いわね」
「……この地では、少し不吉ですね」

この西の地で、強い風は不吉の象徴とされている。
各地の神の機嫌は天災に直結し、風を司る天狐様の納めるこの西の地では、強風や台風は不吉とされている。

「貴方の地は雨だったかしら?」
「ええ。東の地では、土砂降りや津波が龍神様の祟りだと伝わっております」
「そろそろ御神楽舞(みかぐらまい)の時期だから、そこで機嫌を直して頂けると良いのだけれど」

年に一度、各地の華族は屋敷の最奥にある神祠御殿(しんしごてん)で舞を披露する。
お母様が元気な内はお母様が、それ以降は私が担っていた。
まさかとは思うけれど、それすら百華に横流しするなら本当にお父様はただの阿呆よ。

「お嬢様」
「何かしら?」
「社交パーティーで何があろうと、お嬢様は俺がお守りします」

浮かび始めた月明かりに照らされた金色の瞳が私を見つめる。
ユヅルの真摯な眼差しに、私の心臓がとくりと跳ねた。

「どうしたの急に?……ああ、大広間でのお父様の言葉かしら?」

『一週間後のパーティーでは必ず、百華こそが真の斉明寺の娘だと公表する!』
だなんて宣言されれば、ユヅルの立場からすれば気が気ではないわよね。

「私は大丈夫よ。……今夜のエスコートの相手が夏生というのは不愉快だけれど」

私は入口で夏生のエスコートを受けながら入場する事が決められている。
お父様に一方的に決められた、が正しいけれど。

「……お嬢様、今夜はこちらをお持ち下さい」

ユヅルは懐から護符を取り出した。
それは、高位の炎の力が込められた物だった。

「随分上等じゃない。こんなもの、いつの間に……」
「最近がしゃどくろが出獄したとの噂を耳にしましたので。あの妖は炎の護符に弱いです」
「ありがとう。受け取っておくわ」

ユヅルから護符を受け取って懐にしまい込んだ。
気恥ずかしいから口には出さないけど、ユヅルはいつだってこうして私を気遣ってくれる。それが本当に嬉しいの。あの息が詰まる様な斉明寺家で、ユヅルの存在には本当に助けられているから。
私は不安そうにするユヅルに少しばかりの悪戯心で、サテンの手袋を外してむき出しになった手の甲を向けた。

「あら随分不安そうじゃない。夜会の時の様に花印をお付けになる?」
「よろしいのですか?」
「え?……ええ」
「では、失礼致します」

まさか本気で受け取られるとは思わなかったけれど、自分で言った手前引けなかった。
ユヅルが私の手を掬い取って唇まで引き寄せ、長いまつげを伏せて手の甲にちゅっと口付けられる。その優雅な様は、ともすれば華族にも負けず劣らずの高貴さが滲んでいる。
体の中に温かい霊力が流れ込むのを感じる。離された手の甲には、青百合の花印が浮かんでいた。
星月夜を閉じ込めたような麗しい色調に、私は少しの間見惚れてしまった。

「お気を付け下さいませ、お嬢様」

ユヅルがサテンの手袋を付け直してくれる。
ユヅルの手が私から離されると同時に、馬車が会場に着いて静止した。

「着いたわね。……参りましょうか」
「はい」

ユヅルのエスコートを受けて馬車から降りる。
そこにいるはずの夏生の姿は――無かった。

「はあ……。そんな事だろうと思っていたけれど」

どうせ私一人でパーティー会場に入らせて、相手の居ない令嬢だと公衆の面前で恥をかかせたいのだわ。浅ましい男。

「お嬢様。僭越ながら、俺がエスコート致します」
「ええ、お願いするわ」

まあどうでもいいわ、夏生なんて。あんな男のエスコートなんてこちらから願い下げよ。
私は差し出されたユヅルの腕に手を絡ませ、煌びやかなパーティー会場の扉をくぐった。



「まあ、一体どうなさったのでしょう」

煌びやかな西洋風のパーティー会場に入った私の耳に、不愉快な雑音が飛び込んでくる。

「あの斉明寺家の澄華様が婚約者候補様と一緒に会場入りされないなんて……」
「やはりあの噂は本当なのかしら。夏生様も斉明寺のご当主様も、新しい妹君に夢中だとか……」
「でもお気持ちは汲めますわ。澄華様はほら……癇癪持ちでいらっしゃるから」
「昔から良くない噂ばかり聞きますものね。それに比べて妹君は、天女の様にお優しい方だとか」
「まあ、素敵なご令嬢なのね」

「あら皆さま、ご機嫌麗しゅう」

私が通り抜け様にふっと微笑むと、貴婦人方は表情を強張らせてそそくさと離れていった。
相対する覚悟も無いのに、聴こえる様に私の噂をする口だけは達者なのね。
会場内を進むと、周りの貴族達が一斉に私の周りにやってきた。

「これはこれは澄華様!また一段とお綺麗になられて」
「ええ本当に。瞳と揃いの藤色のドレスが良くお似合いで!」
「まあ、ありがとう。皆様もお美しいですわ」

ふっと柔らかく眦を緩めて称賛の声に応えると、見知った亜麻色の髪が視界に入った。

「澄華様、お久しぶりですわね」
「あら、薫子さん」

そこには貞淑なドレスに身を包んだ極楽蓮華の楼主、薫子だった。
夜会とは違い、今回はその翠玉の様な瞳を露にしている。

「またご一緒出来て嬉しいですわ」
「私もです」
「まあ、お二人はご友人でしたの?」
「極楽蓮華の楼主と斉明寺家のご息女がご友人だなんて、斉明寺領の未来は明るいですわね」
「ありがとうございます」

顔馴染みの分家達との話に花を咲かせていると、正面に坐する重厚な扉がゆっくりと開いた。
入室した使用人が声を張り上げる。

「これより、斉明寺家のご息女と婚約者様のご入場です!!」

皆の視線が扉に集中する。
鮮やかな桃色のドレスに身を包んだ百華が、金の刺繡の施されたタキシード姿の夏生のエスコートを受けながら入場する。
周りの分家や貴族達が私と百華を交互に見て視線を彷徨わせる。まあ、こうなるのは無理もないわ。
次いで上等な和装に身を包んだお父様が入場し、片手を上げる。
ざわめいていた周囲が一気に静寂に包まれた。
私以外の全員が固唾を飲んで見守る中、お父様が当主らしく朗々と告げる。

「皆々様。このような良き日にお集まり頂き、大変光栄と存じます。本日はこの場をお借りして、皆様にご紹介したい者がおります」

胃の奥から沸々と湧き上がる怒りを下唇を噛んで堪え、扇子で口元を覆って崩れそうになる表情を隠す。どうせ、告げる言葉は決まっているわ。

「西の華族、斉明寺の当主として宣言する。ここにいる百華こそが斉明寺の真の娘だ。百華、挨拶を」
「はい」

百華は付け焼刃の優雅な所作で前に進み、緊張したようにはにかむ。

「心配しないで、僕が付いている」
「ありがとうございます。夏生さん」

夏生が百華の腰を抱き寄せて付き添う。百華がそれに合わせて上目遣いでさり気なくすり寄る。
公衆の面前で何をしているのあの馬鹿共は。
私は歪みそうになる口元を、扇子を広げて覆い隠した。

「皆様、お初にお目にかかります。私、この度斉明寺家に入りました百華と申します。この西の領地をより良くするお手伝いをさせて頂ければと思っていますの。どうぞよろしくお願い致します」

スパンコールの散りばめられたドレスの裾を摘んでちょこんとお辞儀する。
なんなのあの浅い一礼は。礼儀作法を教える教師は何をしていたの。
扇子で口元を隠して黙り込む私とは裏腹に、周囲の分家達は波紋が広がる様にざわめき立つ。

「何?どういう事でして?」
「真の娘とはどういう意味?澄華様は……?」

グッと扇子を持つ手に力が込もる。
動揺に揺れる貴族達を見渡した夏生が、高らかに宣言する。

「そして、僕からも宣誓がございます。――澄華さん!!」

周囲の人々が一斉に私を見つめる。そして、波が引くように夏生と私の間の道を開けた。

「……お嬢様」

ユヅルが庇う様に私の前に立とうとする。けれど、私は無言でそれを制して後ろに下がらせた。
夏生と、真正面から相対する。

「僕は今この瞬間をもって貴女の婚約者候補を辞退する!そして――次期時期当主たる百華様の正式な婚約者となる事を、ここに宣言する!!」

ざわっと周囲の動揺が膨れ上がった。
追い討ちをかける様に、勇み出たお父様が私を力任せに指さした。

「澄華!貴様の積み重ねてきた悪事もここまでだ!当主として命じる!貴様のような悪辣な女は、今この瞬間を持って斉明寺家から破門だ!!」

To Be Continued……