いつもの電車より一本遅らせるかどうか。
次の日、俺は迷っていた。
「おにぃ、歯磨き粉、制服に垂れてるよ?」
洗面所に入ってきて、歯ブラシを手に取った紗代に言われ、俺は、
「え? ああ、ほんとだ」
とタオルで制服を拭く。
「そんなんじゃ白く痕《あと》残るよ? なんだか最近、おにぃ変じゃない?」
「え? そうか?」
俺はタオルを水で濡らしてから絞って、再びブレザーの襟を拭きながら言った。
「変だよ。前は私が泣いても嫌な顔するだけだったのに、『大丈夫か?』なんて聞いてくるし」
俺はギクリとした。不覚にも紗代が嘘泣きした時も、彼女の泣き顔が脳裏にチラつくようになったのだ。
もしかしたら、多分、いや、絶対違うけれど、嘘泣きじゃないかもしれない。紗代も実は悲しんで泣いているのかもしれない。……とはやっぱり思えなかったけれど。
今まで散々無視してきた罪悪感がしくしくと胃を痛ませ、俺は「大丈夫か?」と口にしていたのだ。
「まあ、私はおにぃが優しくなって嬉しいけど、そんなんじゃ悪い女に騙されるよ〜」
「大丈夫だよ。本当の涙かそうじゃないかぐらいの区別はつく。たぶん」
本当の涙は、心にぽたりと落ちるもので、悲しみに満ちているのに美しいのだ。彼女の涙がそうだったように。
俺は時計をちらりと見る。走ればまだ間に合いそうだ。
「じゃあな。今日も人に迷惑かけんなよ、紗代」
「おにぃのやっぱりイジワル!」
次の日、俺は迷っていた。
「おにぃ、歯磨き粉、制服に垂れてるよ?」
洗面所に入ってきて、歯ブラシを手に取った紗代に言われ、俺は、
「え? ああ、ほんとだ」
とタオルで制服を拭く。
「そんなんじゃ白く痕《あと》残るよ? なんだか最近、おにぃ変じゃない?」
「え? そうか?」
俺はタオルを水で濡らしてから絞って、再びブレザーの襟を拭きながら言った。
「変だよ。前は私が泣いても嫌な顔するだけだったのに、『大丈夫か?』なんて聞いてくるし」
俺はギクリとした。不覚にも紗代が嘘泣きした時も、彼女の泣き顔が脳裏にチラつくようになったのだ。
もしかしたら、多分、いや、絶対違うけれど、嘘泣きじゃないかもしれない。紗代も実は悲しんで泣いているのかもしれない。……とはやっぱり思えなかったけれど。
今まで散々無視してきた罪悪感がしくしくと胃を痛ませ、俺は「大丈夫か?」と口にしていたのだ。
「まあ、私はおにぃが優しくなって嬉しいけど、そんなんじゃ悪い女に騙されるよ〜」
「大丈夫だよ。本当の涙かそうじゃないかぐらいの区別はつく。たぶん」
本当の涙は、心にぽたりと落ちるもので、悲しみに満ちているのに美しいのだ。彼女の涙がそうだったように。
俺は時計をちらりと見る。走ればまだ間に合いそうだ。
「じゃあな。今日も人に迷惑かけんなよ、紗代」
「おにぃのやっぱりイジワル!」



