ひと雫の魔法

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 その日も彼女から微妙な距離をとって、俺は電車を待っていた。
 彼女はいつも通り線路を見ている。何も変わらない一日の始まり。

 そのとき。
 いたずらな風が彼女の髪を巻き上げた。彼女は困ったように首を左右に揺らしながら手で髪をとかす。その彼女がこちらを向いて、ぴたりと動きを止めた。

 髪を整えようとする手は止まり、彼女の瞳は大きく見開かれていた。

 俺の心臓がどくんと跳ねる。

 見ているのを気づかれた……?

 俺は彼女から視線を逸らすのも忘れて、彼女の黒い大きな瞳に見入った。
 頭では、目を逸らして平静を装わなければならないとわかっていた。けれどできなかった。これでは不審に思われても仕方ない。

 ドクドクと自分の心臓の音だけが聞こえる。
 永遠にも思える一瞬。

 あの日涙をこぼした彼女を、俺は思い出していた。綺麗な瞳はあの日のまま。

 目が合っただけでこんな。何なんだ、これは。

 電車がホームに入ってきた。

 俺は我に返った。もの言いたげな彼女の視線を受けながら、俺は彼女がいつも乗る車両の隣の車両に乗った。

 全身が心臓になったかのようだった。俺は彼女の車両のほうを見ないようにして、早く降車駅へ着くことを願った。