ひと雫の魔法

 通勤通学ラッシュ時間と少しずれた車内はいくぶんか空《す》いていた。

 俺は空《あ》いていた席に彼女を座らせてその前に立った。彼女は姿勢よく席に座って、下を見つめていた。大切なもののようにペットボトルをしっかり握りしめて。

 会話のないまま西高の最寄り駅に着いて、俺は、

「じゃあ、気をつけて」

 とだけ最後に言った。彼女は頷いて少しだけ微笑んだ。
 駅のホームに降りて、俺は一度彼女のほうを振り返った。

 どこにでもいそうな女子高生だ。
 次にもし見かけたとき、俺は彼女のことがわかるだろうか。わからないかもしれない。

 俺は歩き出しながら、そんなことはどうでもいいことか、と思い直した。名前も知らない女子のことだ。お互いすぐに忘れて日常に戻るだけだ。

 それでも彼女の涙にきらめく丸い瞳と、その頬を伝って落ちていった雫は俺の脳裏にちらつき、胸になんとも言えない痛みをもたらした。

 女の涙は信用ならない。
 はたしてそれは本当なのだろうか。

『女はね、ずるくて打算的なんだよ。目的のためなら泣けるんだから。おにぃ騙されちゃだめだよ』

 誰より信用ならない妹にちょくちょく言われ、少ない経験と照らし合わせてその通りだと思ってきた。

 でも彼女の涙は不謹慎だけれど綺麗だと感じた。
 計算や嘘なんて全く入ってない純粋な雫。

 そりゃそうだ。痴漢にあって怖かったのだから打算的なわけがない。
 ではほかの女子だってそうでなかったと言い切れるのだろうか。

 じわじわと罪悪感を覚えて、それを振り払うように俺は学校への足を速めた。