ひと雫の魔法

「その制服、緑が丘女学院のだよな? はい。これ飲みなよ」

 俺は緑茶のペットボトルを自販機で買って、彼女に手渡しながら訊いた。

「ありがとうございます。はい。緑が丘です」

 彼女は丁寧にお辞儀をしながらペットボトルを受け取り、答えた。
 緑が丘は学力レベルの高い女子高だったはずだ。

「俺は西高」

 自分にも買った緑茶を喉に流し込みながら俺が言うと、

「あの、本当にすみません。ありがとうございました。学校遅れちゃったら申し訳ないです。私は大丈夫なので、次の電車に乗ってください」

 と彼女は恐縮した様子で何度も頭を下げた。

「別に少しぐらい構わないよ。それより、大丈夫なんかじゃないだろ?」

 彼女は俺の言葉に顔を左右に振って無理して笑ったけれど、その笑顔はなんだか余計に痛々しかった。

「痴漢なんてされたことないからわかんないけど、怖かったよな。それなのに怒鳴って悪かった」
「いえ。私もこんなこと、初めて、で……。声を出そうとしたんですけど、出なくて……」

 思い出したのか、彼女の黒目に涙の膜が張る。溢れそうなのを堪えている彼女の目は、見ているこっちの心臓をきゅっと掴むような美しさがあり、俺はどうしていいかわからなくなってしまった。

「その……ドアの付近は狙われやすいと聞くから、気を付けたほうがいいと思う」

 口に出して、こんなことしか言えない自分が情けなく感じた。彼女を安心させるようなことを言えたらよかったのに。

 紗代に容姿が似ている俺は、自慢じゃないが女子にモテた。振ると泣くような女子もいたけれど、こんなに心揺さぶられることなんてなかった。

 俺が所在なげに視線をうろうろさせていると、

「もう、本当に大丈夫です。学校に行きましょう。本当にありがとうございました」

 彼女は手にした緑茶を一口飲んでそう言った。