ひと雫の魔法

 俺は念入りに歯を磨いて、寝癖がないか髪もチェックして、もらった紺のマフラーを巻くと、いつもの時間に駅に行った。
 そして、彼女が来るのを待った。

 いつもより時間が長く感じられる。

 彼女に何て言おう。

 まずはお礼だよな。それからチョコレートトリュフが美味しかったことを伝えて。マフラーも気に入ってしてる、と。

 俺も君のことが好きだ。名前を教えてくれる?

 それからなぜ俺の名前を知っているのか聞こう。

 彼女はどんな顔をするだろうか。

 気が付けば、俺は彼女がしていたようにぼんやり線路を見ながら、予行演習を頭でしていた。

 だが、彼女は時間になっても駅に現れなかった。

 どうかしたのだろうか。

 一本電車を見送って待つ。二本目の電車も行った。三本目の電車が入ってきて、俺はもしかしたらと考えた。

 彼女は風邪でも引いたのだろうか。

 いや、昨日の今日でそれは考えづらい。

 彼女は。俺に会うのを避けた? 言い逃げ?
 そんなこと。

 彼女は俺にどうしてほしかったのだろう。自分の気持ちを伝えればそれでよかったというのだろうか。

 俺はまいったな、と頬を人差し指でかいた。

 さて。どうしたものか。


 
 翌日も俺は数本の電車を見送って彼女を待ってみたけれど、彼女は来なかった。
 じゃあ少し早めの電車に乗っているのかと、数本前の電車の時間にも駅に行ってみたが、彼女はいなかった。

 本格的に避けられている。

 あんなにルーティンにこだわっていた彼女だ。時間を変えることは彼女にとってどれだけ勇気がいることだろう。

 それだけ俺に会いたくないってことか。

 俺は彼女のいない駅でため息をついた。

 俺の返事に嬉しそうな笑顔になる彼女を想像していたのに、とんだ妄想だった。

 毎日駅に行けば会えた彼女。

 数日彼女の姿を見られないだけで、禁断症状のように彼女の色々な表情が頭の中を巡る。中でも、初めて会ったときの泣き顔が何度も。

 これは重症だ。

 彼女は平気なのか? 俺に会わなくても。俺が好きだというのに?

 俺はこんなのは耐えられそうにない。
 現実の彼女に会いたい。



 季節は三月になっていた。

 君が避けるなら俺は否が応でも会ってやる。

 俺はホワイトデーに勝負をかけようと考えた。