ひと雫の魔法

 彼女からのプレゼントはスクールバッグの奥にしまい込んだ。

 駅を降りた段階で早くも二人組の女子に呼び止められた。

「笠原くん!」

 無視したい気持ちでいっぱいだったが、それはあまりにも酷いだろうと足を止める。

「……何?」
「これ、受け取ってください! ずっと憧れてました」

 クラスメイトだろうか。見たことがある女子たちだ。

「いや、気持ちはありがたいんだけど、受け取れない。ごめん」

 好意を抱くのは自由なのに、断るほうはなぜ謝らないといけないのか。
 バレンタインの日は毎回複雑な気分になる。

 チョコレートだけでも受け取って、自分で食べるべきなのか。それとも、気持ち同様受け取らないほうがいいのか。

 何が正解かなんてわからない。けれどこれだけは言える。俺の心は彼女たちにはない。

 通学路、休み時間、放課後。

 ほぼ同じやり取りを繰り返して、回数を重ねるごとに気持ちが重くなった。

「モテる奴はたいへんだな、賢司。チョコだけでももらってやればいいのに。もったいない」

 部活仲間の聡史に言われた。

「みんな俺の顔が好きなだけさ。気持ちはもらえないのにチョコだけもらうのは卑怯だろ」

 面と竹刀を拭きながら答える。聡史が笑った。

「変なところで真面目だよな、お前」
「そんなんじゃない。もらったところで紗代が俺の代わりに食べるだけだよ。それはあんまりな気がするから」
「やっぱり真面目だよ。紗代ちゃんな〜。毎日あんな美人の顔見てたら、女子に求めるレベル高くなるよな〜、確かに」 

 聡史は紗代を思い浮かべてるのか、夢見るように空中を見ている。
 
「それは関係ない」
「いや、関係あるだろ。紗代ちゃんからはチョコもらえんのか?」
「毎年、本命への手作りの失敗作をな」
「俺もご相伴に預かりたいものだ」
「お前には可愛い彼女がいるだろ」

 俺の言葉に聡史はにやっと笑った。

「まあな。賢司も早く作れよ。いいぜ、彼女」
「……俺は女は苦手だ」

 そう言いながら俺の頭には、《《彼女》》の姿が浮かんでいた。

 宝石のような涙を溢した彼女。剣道の試合後、汗を拭った凛々しい彼女。今朝の困ったような怒ったような紅潮した顔の彼女。

 俺はなんで彼女からのプレゼントを受け取ってしまったのか。

 チョコだとは思わなかったから。

 本当にそれだけだろうか。