ひと雫の魔法


 それからも、俺と彼女は話をしたのが嘘のように毎日変わらず微妙な距離を保って電車を待った。

 彼女は駅に来る時間も、乗る電車も変わらなかったけれど、俺のほうを見ている気がするときが増えた。
 そんなとき、俺は、入道雲がだんだんと姿を消して羊雲が増えてきた空を見たり、駅舎にとまってマイペースに鳴いている鳩に目をやったり、楽しげに話す学生の話に耳を澄ましたりした。
 自分でもわざとらしいかとは思ったが、電車を待つ時間も俺が楽しんでいるのをわかって欲しかったのだ。

 彼女はというと、しばらくは線路を見ながら予定の確認をしているだろう日が多かった。

 ただ、季節の移ろいとともに、俺のほうを見ては考え込むような思い詰めた表情をする日が増え、そして、吐く息が白く染まるころには、視線を線路から外して、俺の動作を真似るかのようにほかのものに目をやるようになった。 

 小さな変化。けれど、今までルーティンにこだわり、毎日を律するように生きてきた彼女にとっては大きな大きな変化なのではないか。

 押し付けになっていたら申し訳ないと思いつつも、彼女が少しでも楽しい時間を過ごせるようになればいいと俺は思った。