ひと雫の魔法


 次の電車が来た。

 俺は彼女に視線を戻す。

「乗れる?」

 と聞きながらも、もう少し話したいと思っている自分がいた。

 彼女は腕時計を一度見て、

「いえ。あの、よかったら、もう少し話を聞いてもらってもいいですか?」

 と言った。

 願ったり叶ったりだ。

「ああ。俺は大丈夫」

 俺の返事に彼女はほっとしたように微笑んだ。先ほどの作り笑いよりだんぜん可愛いと思った。

 座ったまま二人で電車が発車するのを見送る。
 乗客たちが駅から出て行き、あたりには俺と彼女の二人だけになった。

「電車を待っているときのことも聞きましたよね」
「ずっと線路を見てるってことな」
「自分では線路を見ているつもりはないんですよ。駅で電車を待つ間は、その日の予定を頭の中で前もって確認してるんです」
「予定の確認?」

 俺はまた訊き返した。

「はい」

 制服の着方からもわかるけれど、彼女は本当に真面目なんだな、と俺は感心する。

「すごく真面目なんだな、君」
「そう、でしょうか?」
「俺にはできないことだよ」

 俺の言葉に彼女はくすっと笑った。

 あ、これは、かなり可愛い。

 彼女は紗代のように美人ではない。けれど、彼女の和を思わせる雰囲気が好ましかった。

 ただ。

 窮屈じゃないのだろうか。

「予定を確認しても予定通りいかないことのほうが多くない?」
「それは……はい」

 彼女はまた困った顔になった。

 まずいと思いつつ、それでも俺は続ける。

「あまりきちきちに自分のやることを決めると、それができなかったときに余計に不安になるよな? 予定の確認も、ルーティンも。真面目なのはいいことだと思う。けれど、なんて言うか、アバウトに楽しめたらもっと楽になるんじゃないかな」

 彼女は目を見張って俺を凝視した。

「アバウト……? 楽に、なる?」

 彼女は衝撃を受けたかのように言った。

「そうそう。今日は具合悪くなったけど、よく知らない男子と話した、とか。電車がいつもと違う時間で新鮮、とか。くだらないことを楽しむゆとりかな?」
「ゆとり……」

 彼女は少し考えるように視線を左下に移した。そして黙ってしまった。

 言い過ぎたか?

 俺は彼女に毎日もっと楽しそうにしてほしいと勝手に思った。けれど、それは俺のエゴで、最終的に行動を選ぶのは彼女だ。

「私は……なんだか……」

 小さな彼女の声が聞こえたとき、ふたたび電車が来る音がした。

「もう一本遅らす?」
「……乗ります」

 俺は空いてる席を探す。

「あそこ空いてる。まだ気分悪いなら座ったほうがいい」

 彼女は素直にその席に腰掛けた。俺はその前に立ったけれど、彼女は先ほどの続きを話すことはなかった。俺が先に降りるときに、

「じゃあ」

 と一言声をかけると、彼女は小さく会釈を返した。

 もう少し電車が来るのが遅かったら、まだ話せたのだろうか。彼女は何を言おうとしたんだろう。