ひと雫の魔法

 俺が何とも複雑な気分になっていると、彼女は、一度視線を彷徨わせて、意を決したように、

「あの」

 と話を切り出した。

 起死回生のチャンスだと、俺は勇む心を気付かれないように、
 
「うん?」

 と返事をした。

「笠原くんにはルーティンってありますか?」
「ルーティン?」

 ルーティン。いきなり出てきた言葉に、俺の頭には疑問符が浮かんだ。

 そして、もう一つの疑問。

 彼女はなんで俺の名字を知ってるんだ?

「そう、ルーティンです」

 真剣な彼女の目には俺しか映ってない。

 今度こそ会話を長引かせたい。彼女をがっかりさせたくない。彼女の瞳は綺麗だ。彼女の涙をもう一度見てみたい。いや、笑顔も見たい。もっと色んな表情を見たい。

 たくさんの自分の声で脳がぐちゃぐちゃになる。

 なんだ、これ。

 初めての感覚だった。

 待て、今はルーティンのことだ。

「ルーティン……」

 彼女の期待に満ちた目に、俺は必死で考える。でも、何も思い浮かばなかった。

「いや、特には……。部活の後は汗かいてるから、先に風呂に入ってご飯を食べる、とか? これってルーティンじゃないかもな」

 彼女は俺の言葉に小さくため息をついて、

「そうですか。そうですよね」

 と肩を落とした。

 明らかに失望させたと俺は悟って、もう一度考えたものの、結局思いつかなかった。

 ああ、終わった。