ひと雫の魔法

 季節はいつの間にか夏になり、彼女と初めて会った日から三ヶ月ほどが経った。俺は夏季講習と部活のために、いつもと変わらぬ電車で学校へ通っていた。

 駅まで歩く間にも、額に汗の粒が浮かんでは流れ落ちてくる。駅に着くとタオルで汗を拭って電車を待った。

 駅内の時計に自然と目がいく。そろそろ彼女が来る時間だ。

 ところがその日、彼女はいつもの時間より五分ほど遅れてきた。彼女は走ってきたようで、いつもの場所に立つと、ハンドタオルで額と首筋を拭きながら肩で息をしていた。
 その顔色がよくない。暑そうなのに青白い。

 体調悪いんじゃ……。

 俺の心配は的中した。彼女は次の瞬間崩れ落ちるようにしゃがみこんだのだ。

 電車が来る。

 彼女は慌てて立ち上がって乗ろうとした。俺は走り寄ってその彼女の腕をとった。

「体調悪いんだろ? 一本遅らせよう。まだ時間はあるよな?」

 彼女は驚いたように俺を見て、一度抵抗するように手に力を入れた。

「そんな状態じゃ無理だ」

 俺が低い声で言うと、彼女は力を抜いて、もう一度しゃがみ込んだ。


 俺は彼女を抱えるようにしてベンチに座らせた。そして、近くの自販機でポカリスエットを買って彼女に渡した。

「飲んでひとまず落ち着こう」

 彼女は力なく頷いてペットボトルの蓋を開けた。かなり喉が渇いていたようで、こくこくと喉を鳴らして彼女は三分の一ほどを飲んだ。

「大丈夫? きついならベンチに横になったらいい。俺のことは気にしなくていいから」
「……少し落ち着きました。ありがとう」

 次の電車までは十一分ある。俺は横になりそうもない彼女の隣に拳二つほど距離を取って座った。

「走ってきたんだ?」
「昨日よく眠れなくて、寝坊をしてしまったんです」
「電車を一本遅らせることにして、歩いて来れば良かったのに」

 俺の言葉に彼女は俯いて黙ってしまった。