ひと雫の魔法

 女が苦手だ。
 女はすぐに泣く。




「おにぃ、それさよにかして?」

 ひとつ年下の妹は、兄の俺から見ても可愛い容姿をしていた。そして、なにかとすぐに泣いた。

「これはだめ。ほかのならいいよ?」
「ほかのじゃなくて、《《それ》》それがいいの。おにぃのけち」

 紗代は大きな瞳いっぱいに涙を浮かべると、父親のほうに駆けていって、その足にしがみついた。

「パパぁ、おにいちゃんがいじわるするの」

 妹の涙の破壊力は半端ではなかった。

「おやおや、紗代、泣かないで。賢司。紗代に少しだけ貸してあげてくれないか?」

 紗代は自分が買ってもらった玩具《おもちゃ》に飽きて、俺が買ってもらった玩具《おもちゃ》に目移りしたのだと思う。

「すぐにかえすから」

 天使のような笑顔で言った妹に、俺は渋々機関車トーマスのヒロのプラレールを渡した。ヒロは俺の一番好きなキャラクターでやっと買ってもらえたものだった。だが、ものの数分で紗代はヒロに飽きた。しかもそれだけじゃなかった。

「ごめんなさい。わざとじゃないの。ごめんなさい、おにぃ。ゆるして。わぁん」

 紗代はまた泣いていた。返ってきた変わり果てた姿のヒロに、俺のほうが泣きたくなった。どんな遊び方をすればこんなことになるんだ。

「賢司、紗代も謝ってるから許してあげてな。お前にはまた買ってやるから」
「でもパパ」

 しゃくり上げそうになった俺にパパは言った。

「賢司、男は我慢だぞ。簡単に泣いちゃダメだ」

 今思えば時代錯誤も甚だしい。
 泣き止んだ紗代は、父の後ろから俺の顔色を窺うように見ていた。


 ヒロのプラレールの記憶は、俺の心の奥底に今でも棘のように残っている。