「小夜が……」
千景は私を見た。
昔、鏡越しに私を見ていた目と同じだった。柔らかい声の下に隠していた、細い棘の目。
「お姉さまが、見えるなどと言うから。どうせ誰も信じないと思ったの。昔からそうだったでしょう? お姉さまが何か言えば、皆、また始まったと思う。だから……少しくらい疑いが向いても、朝霧堂は守られると思った」
継母が青ざめた。
父は、言葉を失ったまま千景を見ている。
誠一郎さまだけが、ようやく声を取り戻した。
「千景、違うだろう。君はそそのかされただけだ。君の本心ではない。そう言えばよい。妖がすべて悪いのだ」
千景は、ゆっくり誠一郎さまを見た。
「……誠一郎さまは、私を信じてくださるの?」
「もちろんだ。私は君を——」
その声は途中で止まった。
千景の袖口から、黒く焼けたような印が浮かび上がったからだ。
ほんの一瞬だった。
焦げた月のような印。三本の草葉の線が歪み、赤い糸の痕のようなものが手首を囲んでいる。それは妖が完全に斬られた後も、契った痕だけを残しているようだった。
皆が見た。
藩主さまの簾の向こうで、近習が息を呑む気配がした。
誠一郎さまは、一歩下がった。
「……千景」
その声から、先ほどまでの甘さが消えていた。
千景の顔が歪む。
「誠一郎さま?」
「私は……私は、何も知らなかった。千景が勝手にしたことです。私は止めようと——」
「止めようと?」
私の口から、思わず声が漏れた。
誠一郎さまがこちらを見た。
その目にあったのは、哀れみでも愛情でもなかった。保身の焦りだった。自分まで沈まないために、千景から手を離そうとする人の目。
「小夜、君なら分かるだろう。私は千景を信じていただけだ。罪があるなら、妖と、誘惑に負けた千景にある。君は……君は私の婚約者だった。今なら、もう一度縁を戻してもいい」
中庭が、しんと静まった。
耳を疑った。
千景は私を見た。
昔、鏡越しに私を見ていた目と同じだった。柔らかい声の下に隠していた、細い棘の目。
「お姉さまが、見えるなどと言うから。どうせ誰も信じないと思ったの。昔からそうだったでしょう? お姉さまが何か言えば、皆、また始まったと思う。だから……少しくらい疑いが向いても、朝霧堂は守られると思った」
継母が青ざめた。
父は、言葉を失ったまま千景を見ている。
誠一郎さまだけが、ようやく声を取り戻した。
「千景、違うだろう。君はそそのかされただけだ。君の本心ではない。そう言えばよい。妖がすべて悪いのだ」
千景は、ゆっくり誠一郎さまを見た。
「……誠一郎さまは、私を信じてくださるの?」
「もちろんだ。私は君を——」
その声は途中で止まった。
千景の袖口から、黒く焼けたような印が浮かび上がったからだ。
ほんの一瞬だった。
焦げた月のような印。三本の草葉の線が歪み、赤い糸の痕のようなものが手首を囲んでいる。それは妖が完全に斬られた後も、契った痕だけを残しているようだった。
皆が見た。
藩主さまの簾の向こうで、近習が息を呑む気配がした。
誠一郎さまは、一歩下がった。
「……千景」
その声から、先ほどまでの甘さが消えていた。
千景の顔が歪む。
「誠一郎さま?」
「私は……私は、何も知らなかった。千景が勝手にしたことです。私は止めようと——」
「止めようと?」
私の口から、思わず声が漏れた。
誠一郎さまがこちらを見た。
その目にあったのは、哀れみでも愛情でもなかった。保身の焦りだった。自分まで沈まないために、千景から手を離そうとする人の目。
「小夜、君なら分かるだろう。私は千景を信じていただけだ。罪があるなら、妖と、誘惑に負けた千景にある。君は……君は私の婚約者だった。今なら、もう一度縁を戻してもいい」
中庭が、しんと静まった。
耳を疑った。



