続いて、弥藤が薬帳の写しを広げた。
「朝霧堂の薬帳には、香材の出入りに削り跡がございます。白檀、桂皮、丁子の数が、帳面と在庫で合いませぬ」
白い布の上に、証拠が一つずつ置かれていく。
薬帳の写し。
香材の在庫不足を記した札。
薬蔵の奥から見つかった、札のない小瓶。
薄紅色の香包みと、その切れ端。
赤い糸。
香炉の灰。
そして、千景の手控え。
千景はゆっくり顔を上げた。
「違います」
その声は、ひどく乾いていた。
「私は知りません。そんな小瓶も、薬帳も、香包みも……誰かが、私に罪を着せようとしているのです」
継母が、はっと息を吹き返したように叫んだ。
「そうです! 千景がそんなことをするはずがありません。小夜です。小夜が昔から薬蔵に出入りしていたのです。あの子なら、何かを忍ばせることだって——」
「まだ言うか」
朔夜さまの声が、冷たく落ちた。
継母の口が閉じた。
藩主さまの声が簾の奥から響く。
「この場で、千景の背より黒きものが出たのを、余も見た。香炉より立った禍が人を襲い、朔夜が斬ったのも見た。小夜一人の言で裁くわけではない」
千景の顔が、さらに白くなった。
「けれど……私は、妖など」
「では、御前でお前の香を焚いたのは誰だ」
朔夜さまが問う。
千景は唇を噛んだ。
「私、です」
「薬帳を書き換えたのは」
沈黙。
「香材の在庫を減らしたのは」
千景の手が、小袖の膝の上で震えた。
「その小瓶を薬蔵の奥に隠したのは」
「……私は」
千景の瞳に、涙が浮かんだ。
でも、その涙の色は、悲しみだけではなかった。
怒り。悔しさ。恐れ。認められたいと焦がれた心の、焦げた匂い。
「私は、朝霧堂のためにやったのです」
千景の声が震えた。
「最初は、本当に、薬をよく効かせるためだと思っていました。香を合わせれば、病に苦しむ人たちが早く楽になると……そう言われたのです。朝霧堂の名も上がる。父上も母上も、安心なさる。藩主さまの御前で功績を示せば、もう誰にも侮られない」
父が小さく息を呑んだ。
継母は「千景」とかすれた声で呼んだが、千景は止まらなかった。
「でも、途中でおかしいと気づきました……怖くなりました」
「なら、なぜ止めなかった」
藩主さまの声が冷たく問う。
千景の目から、涙がこぼれた。
「止めたら、すべて失うと思ったのです」
その言葉は、白幕の下に落ちた黒い水のようだった。
「御前で認められなければ、私はただの、父上の期待に応えられなかった娘になる。誠一郎さまにも、皆にも、朝霧堂にも……小夜お姉さまより才ある薬師として見られなくなる。だから、もう少しだけ、うまくいけば、全部良いことになると……」
私の胸が痛んだ。
千景は、ただ操られていただけではない。
妖は囁いたのだろう。甘い言葉を。功績になると。皆を救えると。小夜には届かない場所へ行けると。
けれど、その囁きに手を伸ばしたのは、千景自身だった。
危険に気づいても、止めなかったのも。
私に疑いが向くようにしたのも。
「朝霧堂の薬帳には、香材の出入りに削り跡がございます。白檀、桂皮、丁子の数が、帳面と在庫で合いませぬ」
白い布の上に、証拠が一つずつ置かれていく。
薬帳の写し。
香材の在庫不足を記した札。
薬蔵の奥から見つかった、札のない小瓶。
薄紅色の香包みと、その切れ端。
赤い糸。
香炉の灰。
そして、千景の手控え。
千景はゆっくり顔を上げた。
「違います」
その声は、ひどく乾いていた。
「私は知りません。そんな小瓶も、薬帳も、香包みも……誰かが、私に罪を着せようとしているのです」
継母が、はっと息を吹き返したように叫んだ。
「そうです! 千景がそんなことをするはずがありません。小夜です。小夜が昔から薬蔵に出入りしていたのです。あの子なら、何かを忍ばせることだって——」
「まだ言うか」
朔夜さまの声が、冷たく落ちた。
継母の口が閉じた。
藩主さまの声が簾の奥から響く。
「この場で、千景の背より黒きものが出たのを、余も見た。香炉より立った禍が人を襲い、朔夜が斬ったのも見た。小夜一人の言で裁くわけではない」
千景の顔が、さらに白くなった。
「けれど……私は、妖など」
「では、御前でお前の香を焚いたのは誰だ」
朔夜さまが問う。
千景は唇を噛んだ。
「私、です」
「薬帳を書き換えたのは」
沈黙。
「香材の在庫を減らしたのは」
千景の手が、小袖の膝の上で震えた。
「その小瓶を薬蔵の奥に隠したのは」
「……私は」
千景の瞳に、涙が浮かんだ。
でも、その涙の色は、悲しみだけではなかった。
怒り。悔しさ。恐れ。認められたいと焦がれた心の、焦げた匂い。
「私は、朝霧堂のためにやったのです」
千景の声が震えた。
「最初は、本当に、薬をよく効かせるためだと思っていました。香を合わせれば、病に苦しむ人たちが早く楽になると……そう言われたのです。朝霧堂の名も上がる。父上も母上も、安心なさる。藩主さまの御前で功績を示せば、もう誰にも侮られない」
父が小さく息を呑んだ。
継母は「千景」とかすれた声で呼んだが、千景は止まらなかった。
「でも、途中でおかしいと気づきました……怖くなりました」
「なら、なぜ止めなかった」
藩主さまの声が冷たく問う。
千景の目から、涙がこぼれた。
「止めたら、すべて失うと思ったのです」
その言葉は、白幕の下に落ちた黒い水のようだった。
「御前で認められなければ、私はただの、父上の期待に応えられなかった娘になる。誠一郎さまにも、皆にも、朝霧堂にも……小夜お姉さまより才ある薬師として見られなくなる。だから、もう少しだけ、うまくいけば、全部良いことになると……」
私の胸が痛んだ。
千景は、ただ操られていただけではない。
妖は囁いたのだろう。甘い言葉を。功績になると。皆を救えると。小夜には届かない場所へ行けると。
けれど、その囁きに手を伸ばしたのは、千景自身だった。
危険に気づいても、止めなかったのも。
私に疑いが向くようにしたのも。



