無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

通された部屋は、朝霧堂で私が寝起きしていた物置とは比べものにならなかった。

畳は青く、布団は清潔で、隅には小さな香炉が置かれている。障子の向こうには庭があり、月光に濡れた笹がさらさらと揺れていた。文机には水差しと湯呑み。衣桁には薄藍の小袖が掛けられている。

「こちらをお使いください」

女中が言う。

私は呆然と立ち尽くした。

「……私が、ここを?」

「朔夜さまのご命令です」

その言葉の後に、かすかな沈黙が落ちた。

私が遠慮していると思ったのか、女中は表情を変えぬまま続ける。

「湯殿の支度ができております。お体を温めてから、こちらにお着替えを。食事も追って運ばせます」

湯。
着替え。
温かい食事。

それらは、千景のために用意するものだった。私は湯を沸かす側で、着物を畳む側で、残った粥を台所の隅で食べる側だった。

自分のために湯があると聞いても、体が動かなかった。

「……私、働くことができます。火の番でも、水汲みでも、何でも」

女中の眉が、わずかに動いた。

「そのようなご命令は受けておりません」

「でも、何もしないわけには」

「花嫁候補として扱え、とのことです」

言葉は丁寧なのに、まるで遠い部屋から聞こえるようだった。