無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

視界が戻った。

御前の場で、千景が私を見ていた。

その瞳の奥には、恐れと、憎しみと、焦りが混ざっていた。

「私は、朝霧堂のためにやったの」

千景の声が震えた。

「私が認められなければ、誰がこの家を守るの」

父が息を呑む。

継母が千景の腕を掴もうとする。

誠一郎さまは、まだ信じたくない顔をしている。

「千景、何を言っている。君は何も悪くない。これは何かの間違いだ」

「間違い?」

千景が笑った。

その笑いは、ひびの入った鈴のようだった。

「そうよ。間違いよ。あの人が悪いの。小夜お姉さまが、戻ってくるから。朔夜さまに信じられて、皆の前で薬師のような顔をするから。私の場所を奪おうとするから」

妖が、嬉しそうに蠢いた。

千景の言葉が強くなるほど、背後の黒は膨らむ。

「私は努力したわ。父上に認められるために。朝霧堂の名を守るために。母上を安心させるために。誠一郎さまに相応しい薬師でいるために。なのに、どうして今さら、お姉さまが」

黒い影が、千景の肩から伸び、周囲の不安へ触れる。

倒れた兵の苦しみ。
逃げ惑う者の恐怖。
疑い合う薬師たちの焦り。
藩主の御前を穢したという恐れ。

それらがすべて、黒い影へ吸い込まれていく。

影はもう、千景だけを餌にしていなかった。

御前の場そのものを、喰っている。