無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

女中に案内され、私は屋敷の奥へ通された。廊下は磨き上げられ、足袋の裏がひやりと滑る。柱は太く、黒く艶があり、天井近くには古い槍や弓が飾られていた。灯された行灯の光は淡く、床に丸い月をいくつも落としている。

でも、その美しい廊下にも、黒い澱みがあった。

柱の節に染み込むように。敷居の端に溜まるように。飾られた鎧の喉元に絡むように。

特に、廊下の曲がり角に置かれた黒い鎧の前で、私は足を止めかけた。

鎧の胸板に、糸ではなく、靄が重なっている。長い間消えない煙のように、そこだけ空気が冷たい。近づくと、肌に粟が立った。炭を湿らせた匂い。古い血を洗い落とした後の鉄の匂い。そこへ、あの甘い焦げ香がほんの少し混じっている。

「どうかなさいましたか」

案内の女中が振り返った。声は丁寧だったが、瞳は警戒している。

「あ……いえ。立派な鎧だと思って」

「それは朔夜さまが三年前、北の山で妖を討たれた折のものです。近寄らぬように」

「はい」

私は小さく頷いた。

近寄らぬように。

それは鎧だけのことではないのかもしれなかった。