無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

視界の端が暗くなり、御前の中庭の白幕が遠のく。かわりに、黒い香炉が浮かび上がった。

暗い部屋。

朝霧堂の薬蔵ではない。もっと奥まった、灯りの少ない場所。千景が一人、香炉の前に立っている。薄紅の紙。赤い糸。焦げた印。袖口に黒い筋。

その背後から、声がする。

——もっと効く薬が欲しいのでしょう。

甘い声。

男とも女ともつかない声。

——献薬で認められれば、朝霧堂はあなたのもの。

千景の指先が震える。

——父上も、母上も、誠一郎も、皆があなたを見ます。

黒い影が香炉の煙に紛れ、千景の耳元で囁く。

——小夜には決して届かない名声を。

千景の唇が動く。

声は聞こえない。

けれど、気配だけが流れ込む。

少しの犠牲なら。
あとで取り返せる。
成功すれば、すべて朝霧堂のためになる。
私が認められなければ、誰がこの家を守るの。