無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

店の奥から、父が出てきた。

年を取ったように見えた。けれど、それは私が変わったからかもしれない。父の背は相変わらずまっすぐで、薬師の羽織を着ている。胸元には朝霧堂の印。私が幼い頃、その印を誇らしく眺めていたことを思い出して、胸が痛んだ。

継母は父の後ろに立っていた。口元はきちんと結ばれているのに、目だけが私を責めている。さらにその隣に、千景。

桜色の小袖。白い襟。髪には小さな金の簪。相変わらず、春そのもののような姿だった。けれど、その笑みを見た瞬間、私は胃の底が冷たくなった。

そして、千景の斜め後ろに誠一郎さまがいた。

私の元婚約者だった人。

今は当然のように、千景を守る位置に立っている。

「朔夜さま」

父が深く頭を下げた。

「このような朝早くに、いかなるご用向きでございましょう」

朔夜さまは答える前に、店の中を一瞥した。

「城下で妖毒の疑いが出ている。朝霧堂の薬と、香包みが同じ場で見つかった。薬帳、薬蔵、香材の在庫を改める」

父の顔がぴくりと動いた。

「妖毒などと……恐れながら、当家は代々、藩へ薬を納める身。怪しげなものは扱っておりませぬ」

継母がすぐに続ける。

「小夜が、また何か申したのでしょうか。あの子は昔から、見えもしないものを見たと言って、人を不安にさせるところがありまして」

「お姉さま。お戻りになっていたのですね。お顔の色があまりよろしくないわ。朔夜さまのお屋敷で、きっと気を張っていらしたのでしょう。無理をなさらないで」

千景のその声だけ聞けば、妹が姉を気遣っているように聞こえる。けれど目は、少しも笑っていなかった。

「お姉さまは昔から、少し不安定なところがおありでしたもの。薬の匂いも、毒に思えてしまうことがあるのでしょう? 朔夜さま、どうか姉の言葉をそのまま真に受けず——」

「千景」

誠一郎さまが柔らかく制するように名を呼んだ。

そして私へ向き直る。

「小夜、心配していた。君が朔夜さまのもとにいると聞いて、皆驚いている。だが、朝霧堂のためにも、千景のためにも、事を大きくしないほうがいい。君が感情で騒げば、多くの人が迷惑を被る」

胸の内側に、冷たい泥が落ちた。

心配していた。

その言葉の形をしているのに、中身は私ではない。千景と朝霧堂の体面だけが、誠一郎さまの声の中で守られている。

「私は、感情で……」

声が掠れた。

継母が小さく笑った。

「ほら、ご覧なさい。すぐに泣きそうな声を出す。朔夜さま、こんな娘を調査に連れて歩かれては、御身の名に傷がつきましょう」

父は重く息を吐いた。

「小夜。お前はもう、この家を出た身だ。余計なことを掻き回すな。薬のことは千景が分かっている。お前には、昔から難しかったはずだ」

昔から。

難しかった。

役に立たなかった。

その言葉が薬棚の隙間から黒い埃のように舞い上がり、私の喉に積もる。言い返したいのに、声が出ない。手が冷たい。足元の土間が深く沈み、私はまた物置の隅へ戻される気がした。