無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

朝霧堂の通りに入ると、薬草の匂いが濃くなった。

軒先に吊るされた乾いた陳皮。束ねたヨモギ。薄紙に包まれた甘草。煎じ薬の苦い湯気。幼い頃から嗅いできた匂いだ。母がいた頃は、その匂いが好きだった。雨の日に干し場から薬草を取り込み、母と二人で葉を広げると、部屋中が山の匂いになった。

けれど今、その懐かしさの上に、別の匂いが重なっている。

甘く、焦げた蜜のような香。

朝霧堂の暖簾が見えた。

藍染めの布に、白く染め抜かれた「朝霧堂」の三字。風に揺れるたび、暖簾の端が擦れて、かすかな布の音を立てる。門の左右には薬草を干すための竹竿が渡され、乾いた葉が朝日を受けて薄く光っていた。表戸の横には大きな薬壺が置かれ、すり減った石臼が一つ、いつもの場所にある。

何も変わっていない。

私が追い出されたことなど、朝霧堂には小さな染みほどの跡も残していないようだった。

店先には手代が二人いた。私の顔を見ると、片方が目を丸くし、もう片方が奥へ駆け込んだ。

「旦那さま! 小夜さまが……朔夜さまと!」

その声に、店の奥がざわめいた。

私は敷居の前で一瞬だけ足を止めた。

土間の匂い。薬棚の木の匂い。細かな粉が沈んだ空気のざらつき。臼の縁についた古い傷。帳場に置かれた算盤。

ここは、私が忘れたくても忘れられない場所だった。
でも、私を受け入れてくれなかった場所でもある。

「行くぞ」

朔夜さまが先に敷居をまたいだ。

私はその半歩後ろを進んだ。