無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

涙が込み上げそうになり、私は慌てて唇を噛んだ。泣く場面ではない。朔夜さまはまだ苦しんでいる。手当ても途中だ。香包みの謎も解けていない。

それでも、目の奥が熱い。

「……ありがとうございます」

ようやく、それだけ言った。

朔夜さまは視線を逸らした。

「礼を言うな。事実を言っただけだ」

事実。

また、その言葉。

私は小さく頷き、冷めた布を取り替えた。今度は手首ではなく、首筋に軽く当てる。熱が少し落ち着いている。脈もまだ速いが、飛ぶ間隔は減っていた。

「今夜は、香を強くしすぎないでください。湯は一度に飲まず、少しずつ。息が詰まる時は、吐くほうを長く」

「お前は医者か」

「薬師の娘です」

答えてから、自分で驚いた。

薬師の娘。

今までその言葉は、私には重い鎖だった。朝霧堂の名に縛られ、無能の烙印を押される言葉。けれど今は、少し違って響いた。

私は朝霧堂の娘であり、母の小袋を持つ娘でもある。

薄墨の名が何なのかは、まだ分からない。夜の字の言い伝えが本当なのかも分からない。それでも、私の手は今、誰かの熱を確かめ、脈を取り、布を絞っている。

ならば、薬師の娘と言ってもよいのかもしれない。

朔夜さまは私を見て、ほんのわずか、目元を緩めたようだった。笑みと呼ぶには遠い。けれど、刃の冷たさだけではない何かがそこにあった。