無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

夕餉は喉を通らなかった。

粥の湯気は温かく、焼き魚の皮は香ばしい。青菜には胡麻が和えてあり、いつもの私なら涙が出るほどありがたい膳だ。それなのに、箸を持つ手が進まない。

甘い焦げ香が、鼻の奥に残っている。

薄紅の香包み。母の小袋。薄墨の印。夜の字。

そして、昨夜の朔夜さまの息。

私は膳を少しだけ食べ、白湯を飲んだ。温かさが喉を通り、胃へ落ちる。それでも胸のざわめきは消えなかった。

夜が深くなると、屋敷の音は一つずつ減っていった。

廊下を歩く足音。遠くの戸を閉める音。庭番の咳払い。やがて、それらも薄れて、残るのは風と笹と、どこかの部屋でかすかに鳴る火鉢の炭の音だけになった。

私は母の小袋を膝に置き、布と薬を整えた。

陳皮、甘草、生姜。熱を取る薬草は多くない。けれど昨夜よりは準備がある。清い布を数枚。小さな湯呑み。香を弱めるための灰なら、離れにもあるはずだ。強い香は禍を押し込める。ならば、今夜はもっと柔らかい香がよいのではないか。

私は杉さんに頼み、薄い蘇葉を少し分けてもらっていた。香として焚くには頼りないけれど、清く、風の通る匂いがする。湿りを散らし、息を少し開く香。

自分の考えが正しいのか分からない。

分からないことばかりだ。

それでも、布を畳み、湯を用意し、薬を手元に置く動作は、私を少し落ち着かせた。薬師ができることは、奇跡を祈ることではない。目の前の熱を見て、脈を取り、水を温め、布を絞ることだと、母は言っていた。