無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

玄関の前で、朔夜さまが待っていた。

今日は鎧ではなく、黒に近い藍の羽織をまとっている。腰には刀。長い髪は後ろで束ねられ、顔色は昨夜よりいくらか戻っていた。けれど目の下に薄い影があり、私はそこに昨夜の苦痛の名残を見た。

「朔夜さま」

私は頭を下げた。

朔夜さまの視線が、私の髪から着物の裾まで一度だけ動いた。千景が支度を終えた時、父はよく長く褒めていた。継母は声を弾ませ、誠一郎さまは優しい顔で簪が似合っていることを語った。

私はそういう言葉を、どこか遠い場所の飾り物のように聞いていた。

朔夜さまは、ただ短く言った。

「悪くない」

それだけだった。

けれど、その一言は不思議に胸へ残った。過剰な甘さも、飾った言葉もない。だからこそ、嘘ではない気がした。

「……ありがとうございます」

私が小さく答えると、朔夜さまは私の手元を見た。

「薬は持ったか」

「はい。いただいたものと、母の小袋を」

「それでよい」

屋敷の者たちは、玄関先で頭を下げていた。けれどその目はやはり私を見ている。花嫁候補。死人を出した薬師の娘。そういう言葉が、口に出されなくても空気の中に浮かんでいる。

私は袖の中で指を握った。

朔夜さまが一歩、私の前に出た。

ただそれだけで、視線の刃が少し逸れる。

「行くぞ」

「はい」