無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

障子の外で、控えめな声がした。

「お目覚めでございますか」

私は慌てて布団から抜け出した。足袋を探そうとして、昨夜濡らして脱いだままだったことを思い出す。裸足で畳に膝をつき、障子を開けると、そこには年配の女中が膝を揃えて座っていた。

昨日、私に湯と食事を用意してくれた人だ。白髪の混じった髪をきっちり結い、深い鼠色の小袖を着ている。皺の刻まれた目元は厳しいが、昨夜ほど冷たくは見えなかった。

「朝餉の前に、お支度を」

「支度、ですか」

「朔夜さまより、本日は城下へ出るとのお達しでございます」

城下。

その言葉だけで、喉が細くなる。

昨日まで私が暮らしていた町。朝霧堂の暖簾があり、父がいて、継母がいて、千景がいる。私を追い出した声が、まだ石畳に染みついている場所。

私は思わず小袋を握った。

女中は静かに続けた。

「そのままのお姿では出られません。花嫁候補として、最低限のお支度が必要です」

花嫁候補。

また、その言葉が胸に落ちた。まだ私には大きすぎて、抱えようとすれば腕からこぼれそうな言葉だった。

「……私は、そのように扱われる者ではありません」

小さく言うと、女中はほんの少し眉を寄せた。

「扱われる者かどうかは、朔夜さまがお決めになります」

昨夜の朔夜さまの言葉に似ていて、私は返す言葉を失った。

女中は私の前に清潔な足袋を置いた。真新しい白い足袋は、朝の光を含んで少し眩しい。煤の染みも、ほつれもない。私はそれに触れることすらためらった。

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

私が問うと、女中は少し意外そうに瞬いた。

「杉と申します」

「杉さま」

「さまは不要でございます。杉で結構です」

「では、杉さん……。あの、私は着付けも髪も、自分ではうまく」

「承知しております」

きっぱりと言われて、耳まで熱くなった。