無能薬師の娘、最強武将の花嫁候補になります

行灯を持たず、月明かりだけを頼りに障子を閉める。廊下は冷たく、足袋越しにも板のひんやりした感触が伝わった。屋敷の奥は静かで、眠っている獣の体内を歩いているようだった。

柱に手を添えると、指先がぴりりと冷えた。

ただの木の冷たさではない。井戸の底から引き上げた石に触れたような、骨まで沈む冷たさ。目を凝らすと、柱の木目に沿って細い黒が走っていた。

糸ではなく、染み。

何度も流れ、拭われ、それでも残った毒の跡のようなもの。

私は指を離した。

「……場所にも、残るの?」

自分の声が、廊下に吸い込まれた。

答える者はいない。

でも屋敷は、黙ったまま何かを抱えていた。人が持ち帰った痛み。斬られた妖の残り香。夜ごとに流された、声にならない苦しみ。それらが柱に、鎧に、庭石に少しずつ沈み、黒い澱みとなっていた。

私は庭へ降りた。

草履がなかったので、足袋のまま土を踏む。夜露が染みて冷たい。笹の葉が頬をかすめ、池の水からは冷えた藻の匂いがした。

黒い澱みは、庭の奥へ続いていた。

まるで細い川のように。

私はそれを追った。石灯籠の脇を通り、古い梅の木の下を抜ける。梅の幹には刃で削ったような傷があり、その傷口に黒い靄が溜まっていた。手を伸ばすと、肌が粟立つ。黒いものは私の指から逃げるように揺れた。